望月優大のブログ

見えているものを見えるようにする。

ワシントン州司法長官が信教の自由を保障する憲法修正第一条を巡ってトランプ大統領らを提訴へ「法廷では最大の声よりも憲法が勝る」

大きなニュースが飛び込んできた。

全米初、大統領を提訴へ=入国禁止令は「違憲」-ワシントン州:時事ドットコム

米西部ワシントン州のファーガソン司法長官は30日、トランプ大統領や国土安全保障省などを相手取り、難民やイスラム圏7カ国の出身者らの一時入国禁止を命じた大統領令を「違憲」とする訴訟を同州シアトルの連邦地裁に起こすと発表した。同日中に提訴する。同大統領令をめぐり州司法長官による提訴はワシントン州が初となる。

難民や7カ国の人々の入国制限に関する大統領令についてはこれまでもブログに書いてきたが、ついに州政府がこの件をめぐって大統領本人と国土安全保障省を連邦地裁に提訴するというところまで事態が進展したということだ。

この時事の記事にはワシントン州のファーガソン司法長官が「大統領でさえも、法を超越しない」と発言したとの記載があり、その原文がどんなものか気になり探してみた。

ファーガソン司法長官は、大統領令は憲法に定められた法の下の平等や、信仰の自由などを侵害していると指摘。「大統領でさえも、法を超越しない」と強調した。

というのも、ここで言われている「法」が何なのかということが実際の訴訟においてとても重要であるだけでなく、大統領と憲法との関係を問題にするような意味合いも込められているのではないかと思ったからだ。

さて、ワシントン州の地元紙であるThe Seattle Timesの記事に、おそらくこの発言の原文にあたるのではないかと思われる文章を見つけることができた。時事の「大統領でさえも、法を超越しない」という直接的な文章とはやや趣が異なるが、おそらくこちらではないかと思う。

AG Bob Ferguson to file lawsuit seeking to invalidate Trump’s immigration order | The Seattle Times

“We are a country based on the rule of law. In a courtroom, it is not the loudest voice that prevails. It’s the Constitution,” Ferguson, a Democrat, said at a news conference in Seattle.

「私たちは法の支配に基礎を置く国である。法廷では、最も大きな声が勝つのではない。憲法が勝つのである。」民主党員のファーガソンはシアトルでの記者会見でこう発言した。

実際には、憲法修正第一条が争点になるようだ。記事にはこうある。

Noah Purcell, state solicitor general in Ferguson’s office, said Washington’s lawsuit will argue Trump’s executive order violates constitutional guarantees of religious freedom and equal protection.

ワシントン州のノア・パーセル訟務長官は、ファーガソン長官の事務所で、ワシントン州の訴訟はトランプの大統領令が憲法によって保障された信教の自由とその平等な保護を侵していると主張するだろうと語った。

憲法修正第一条の具体的な条文も参考まで紹介する。

Congress shall make no law respecting an establishment of religion, or prohibiting the free exercise thereof; or abridging the freedom of speech, or of the press; or the right of the people peaceably to assemble, and to petition the Government for a redress of grievances.

合衆国議会は、国教を樹立する法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律、または言論もしくは出版の自由または人民が平穏に集会し、不平の解消を求めて政府に請願する権利を奪う法律を制定してはならない。

(翻訳は 新版 世界憲法集 (岩波文庫) より)

トランプの大統領令がこの修正第一条をどのように侵しているかという点だが、キリスト教徒とそれ以外の宗教の信者を入国管理上差別しているというポイントが争点になるようだ。ワシントン州知事がその点についての発言をしていることが同じThe Seattle Timesの記事で触れられている。

The attorney general was joined by Democratic Gov. Jay Inslee, who blasted Trump’s refugee ban aimed at several war-torn, Muslim majority nations — and giving precedence to Christians — as “un-American.”

“The fact is that its impact, its cruelty, its clear purpose is an unconscionable religious test,” Inslee said, pointing to the executive order’s provision calling for prioritizing the admittance of Christian refugees.

具体的には、大統領令において7カ国のイスラム教徒が多数を占める国民の入国を停止しているという点、加えて難民受け入れ停止の例外措置として宗教的少数派の受け入れについては例外を許容する余地を認めているものの、それがキリスト教徒を優遇するという差別的な措置として利用される可能性がある点が問題にされている。

後者の難民受け入れにおけるキリスト教徒の優遇の恐れについては、トランプ自身のこれまでのツイッター及び様々なメディアでの発言が原因になっている。

例えば1/27のトランプによる発言。これは大統領令署名前の発言で、「シリアのキリスト教徒のほうがイスラム教徒よりもより強く迫害されており、米国への入国がより難しい、それは不公平だ」という趣旨のことを述べている。

“Do you know if you were a Christian in Syria, it was impossible, at least very tough, to get into the United States?” Trump asked. “If you were a Muslim, you could come in, but if you were a Christian, it was almost impossible. And the reason that was so unfair ― everybody was persecuted, in all fairness ― but they were chopping off the heads of everybody, but more so the Christians. And I thought it was very, very unfair.”

Donald Trump Says He Would Prioritize Resettling Christians Over Other Refugees | The Huffington Post

こちらは1/29のツイート。

中東のキリスト教たちが多数処刑されてきた。私たちはこの恐怖が続くことを許すことはできない!

今後もワシントン州による訴訟の行方、そして他州での動きも引き続き注視していきたい。ワシントン州の訴訟は、当州に拠点を置くアマゾンやエクスペディアといった企業からも大統領令による「ビジネス上の不利益(negative business impacts)」があるとして賛同を得ている。

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望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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私たちが寛容であるためのヒント。映画『みんなの学校』上映会の前に。

2月17日の夜に『みんなの学校』という大阪市立大空小学校を舞台にしたドキュメンタリー映画の上映会をします。

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この上映会は、私が取り組んでいる社会貢献プログラム(SmartNews ATLAS Program)の一環である「社会の子ども」というイベントの第3回です。当日は大阪から真鍋俊永監督もお越しくださいます。

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2015年に公開されたこの映画を観て、いま私が考えていることを少し書いてみたいと思います。人が人に寛容であるということについてです。2017年のいまだからこそ、このことを考えてみることの意味があると思っています。

その前に、話の映画のあらすじを紹介します(公式HPより引用)。

ーーーーー

"すべての子供に居場所がある学校を作りたい。

大空小学校がめざすのは、「不登校ゼロ」。ここでは、特別支援教育の対象となる発達障害がある子も、自分の気持ちをうまくコントロールできない子も、みんな同じ教室で学びます。ふつうの公立小学校ですが、開校から6年間、児童と教職員だけでなく、保護者や地域の人もいっしょになって、誰もが通い続けることができる学校を作りあげてきました。

学校が変われば、地域が変わる。そして、社会が変わっていく。

すぐに教室を飛び出してしまう子も、つい友達に暴力をふるってしまう子も、みんなで見守ります。あるとき、「あの子が行くなら大空には行きたくない」と噂される子が入学しました。「じゃあ、そんな子はどこへ行くの? そんな子が安心して来られるのが地域の学校のはず」と木村泰子校長。やがて彼は、この学び舎で居場所をみつけ、春には卒業式を迎えます。いまでは、他の学校へ通えなくなった子が次々と大空小学校に転校してくるようになりました。"

ーーーーー

大空小学校が有名なのには2つの理由があります。特別支援の対象となる子どもが全校生徒に占める割合がとても高いこと(220人中30人以上)、そして特別支援の子どもがそうでない子どもと同じ教室で一緒に時間を過ごしていること、この2つです。

このことを知っていた私は、映画を観始めるときに無意識にこんなふうに考えていました。

"この映画は先生や一般の生徒たちが特別支援の生徒たちに対して寛容であろうとする姿を映しているのだろう。"

映画を観終わってわかるのは、この思い込みにはとても大きな間違いがいくつか含まれていたということです。私の学びを3つだけ共有させてください。

① 寛容であることは、自分をコントロールできるということ。
② 大人も子どもも、特別支援の子どもも、みんなそれができない。
③ 寛容な社会は寛容な個人を勇気づける。寛容は蓄積し、育っていく。

① 寛容であることは、自分をコントロールできるということ。

「寛容」という言葉を考えるとき、そこではいつもある人とある人との関係性やふるまいを念頭に浮かべてしまうと思います。しかし、この映画を観て考えたのは、自分の振る舞いを制御することの難しさが寛容であることの難しさの根源にあるのではないかということです。

具体的にはどういうことか。むしゃくしゃして大きな声を出してしまう、蹴ってしまう、殴ってしまう、殴られたから殴ってしまう、認めたいのに認められない、謝りたいのに謝ることができない。

映画を観ている側としては、「素直に謝ってしまえばいいのに・・」と思うところでも本人にはもちろんそうできない。そこで謝ることほど難しいことはない。その場にいる人間にとってはその感覚が現実です。

他者に対して寛容であるということは自分の振る舞いを制御できるということ、他者に対してどう振る舞うかということと自己に対してどう振る舞うかということとを切り離すことはできない、そういうことなのだろうと思います。

② 大人も子どもも、特別支援の子どもも、みんなそれができない。

そして、この自分の行動を制御することの難しさは決して子どもだけの話ではない、そのこともこの映画を観てよくわかったことです。座親先生という若い新任の先生が出てきます。映画のなかでの彼の振る舞いを見て、彼の苦悩を見て、何も感じない人はいないはずです。

ただ、これは「若い」「新任」の先生の話だけではありません。「未熟」な若者だけの話ではないのです。校長先生もそう、ベテランの先生たちもそうです。彼らがそれぞれに寛容であろうとして、自分自身の気持ちやふるまいをコントロールしようとして、失敗して、苦しんでいる様子はストーリーの端々に出てきます。

そして、寛容の対象でしかないと勘違いしてしまいがちな特別支援の子どもたちも同じです。彼ら自身が、他者とどのように同じ空間と時間を過ごしていけるか、そのことに葛藤する当事者です。学校に行く、暴力を振るわない、その難しさに一人一人の子どもが直面する。そして、自分と向き合って乗り越えていこうとする。

でも、簡単ではない。どうすれば一人一人がこの難しさから逃げずに向き合い続けることができるのか、私が得たヒントについて最後に書いておきたいと思います。

③ 寛容な社会は寛容な個人を勇気づける。寛容は蓄積し、育っていく。

結論を先に書いてしまいます。大空小学校は、個人としてではなく、集団として、社会としてこの「寛容」という人類永遠の課題に取り組んでいると思いました。

人に優しくあろうとする、頼まれてもいないのに助ける、まず自分から謝る、そうしようとする個人にとっては二つの種類のつらさがあります。

一つは、これまで書いてきたことです。寛容に振る舞えない。それが正しいとわかっていてもいまそう振る舞うことがとても難しい、つい殴ってしまう、大声を出してしまう、逃げてしまう、こういう種類の難しさ、つらさがあります。

もう一つは寛容の相手が自分の寛容を尊重しない、評価しない、少なくとも自分にはそのように見える、というつらさです。本質的に、寛容はギブアンドテイクではない。得られる利得がわかっているから手渡すギフトではありません。

「相手がどう反応しようと自分はこのように振る舞うのだ」そんな風に凛とした姿勢で振る舞うことです。難しい。当たり前ですね。そして、これが一つめのつらさに跳ね返って来ます。だから、寛容は難しい。

そして、だから大空小学校はすごい。どう考えても難しいから、それに挑戦し続け、ときにやってのける集団はすごいのです。「寛容な社会は寛容な個人を勇気づける。寛容は蓄積し、育っていく。」と書きました。私はそのことが大空小学校で起こっているのだと感じています。具体的なことはここでは書ききれません。だから大空小学校が実際にどんなふうであるか、ぜひ映画を観ていただけたら嬉しく思います。

申し込みはこちらのリンクからです。

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望月優大(もちづきひろき) 

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全訳:ドナルド・トランプ「厳格な審査に関する最近の大統領令についての声明」

トランプ大統領がつい先ほど1/29 18:16(日本時間1/30 8:16)にFacebookで出した声明を全訳した。Donald J. Trump - Statement Regarding Recent Executive... | Facebook

この記事の内容は以下の通り。

  • 全訳:「厳格な審査に関する最近の大統領令についての声明」
  • トランプの政策はオバマのそれと本当に似ているのか
  • トランプの声明はBreitbartの記事を元にしている可能性がある
  • 声明直前のツイート

全訳:「厳格な審査に関する最近の大統領令についての声明」

「厳格な審査に関する最近の大統領令についての声明」

Statement Regarding Recent Executive Order Concerning Extreme Vetting

アメリカは移民たちの誇り高き国であり、私たちは抑圧から逃れてくる人々に対する同情を示し続ける。しかし、私たちはそれを私たち自身の市民と国境を守りながら行わなければならないのだ。アメリカはこれまでいつも自由の地であり、勇者たちの故郷であり続けてきた。

America is a proud nation of immigrants and we will continue to show compassion to those fleeing oppression, but we will do so while protecting our own citizens and border. America has always been the land of the free and home of the brave.

私たちはアメリカを自由で安全なものに保ち続ける。メディアはそれを知っているが、それを言うことを拒否している。私たちの政策はオバマ大統領が2011年に行ったものと似ている。つまり、彼がイラクからの難民に対するビザの発給を6ヶ月に渡って停止した政策と似ているということだ。大統領令で名指されている7カ国はオバマ政権時代に悪の源泉と名指されている国々と同じである。明確にしておくが、これはムスリム禁止令(Muslim ban)ではない。メディアの報道は誤っている。

We will keep it free and keep it safe, as the media knows, but refuses to say. My policy is similar to what President Obama did in 2011 when he banned visas for refugees from Iraq for six months. The seven countries named in the Executive Order are the same countries previously identified by the Obama administration as sources of terror. To be clear, this is not a Muslim ban, as the media is falsely reporting.

これは宗教に関することではない。テロ、そして私たちの国を安全に保つことに関することである。世界にはこの大統領令の影響を受けない40以上ものイスラム教国がある。私たちは次の90日間に現在の制度を見直し、最も安全な方法を実施できたあかつきいは、全ての国々に対してビザの発給を再開する。

This is not about religion - this is about terror and keeping our country safe. There are over 40 different countries worldwide that are majority Muslim that are not affected by this order. We will again be issuing visas to all countries once we are sure we have reviewed and implemented the most secure policies over the next 90 days.

私はシリアにおける恐ろしい人道危機に巻き込まれた人々に対してとても強い感情を持っている。私の第一の優先順位はつねに私たちの国を守り奉仕することであるが、しかし大統領として、苦しんでいるそれら全ての人々を助ける方法を見つけるつもりである。

I have tremendous feeling for the people involved in this horrific humanitarian crisis in Syria. My first priority will always be to protect and serve our country, but as President I will find ways to help all those who are suffering.

トランプの政策はオバマのそれと本当に似ているのか

トランプ大統領の反撃であり、検証が必要な争点の一つに「私たちの政策はオバマ大統領が2011年に行ったものと似ている」という主張がある。これについて、ワシントンポストが早速事実関係を調査していたので紹介する

Trump’s facile claim that his refugee policy is similar to Obama’s in 2011 - The Washington Post

ワシントンポストによると違いは以下3点にまとめられる。

  1. オバマの政策の背景には、イラクから米国に入国した2人の難民がイラクにいたころに爆弾をつくっていた事実が明らかになり、ケンタッキー州で逮捕されたという出来事があった。こうした明白な脅威があった当時と異なり、トランプの政策には明確な理由づけがない。
  2. ビザの発給がかなり遅くなっているという報道はあったもの、オバマ自身によるビザの発給停止についての表明はなかった。
  3. オバマの政策はグリーンカード保有者までをも対象とする包括的なものではなかった。

トランプの声明はBreitbartの記事を元にしている可能性がある

少し驚いたのだが、トランプの声明がFacebookでアップされるより数時間前に、alt-right系媒体のBreitbartが同趣旨の記事をアップしていた。なお、トランプ政権の首席戦略官スティーブ・バノンは政権参画前にBreitbartの会長を勤めていた。

FLASHBACK: Obama Suspended Iraq Refugee Program for Six Months Over Terrorism Fears in 2011 - Breitbart

実際に記事がアップされた時間がわからないのだが、twitterで検索してみると、トランプ大統領の声明より前にアップされていたのは間違いないことがわかる。

声明直前のツイート

トランプ大統領はこの声明を出す前にこの問題に関連して以下2つのツイートをしている。

 中東のキリスト教たちが多数処刑されてきた。私たちはこの恐怖が続くことを許すことはできない!

私たちの国は強い国境と厳格な審査を必要としている。今だ。ヨーロッパ全土、そして実際には世界中で起きていることを見てほしい。恐ろしい混乱だ!

また、ニューヨークタイムズやワシントンポストをフェイクニュースと罵るようなツイートも投稿している。

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望月優大(もちづきひろき) 

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難民受け入れ等に関するトランプ米大統領令「米国への外国人テロリストの入国から国民を保護する」について

1/27日金曜日に署名された米大統領令について情報を整理しておきたい。トランプ大統領の就任以降、毎日のように大統領令が出されているが、その一つについてである。

シリア難民の受け入れ停止やシリアを始めとする7カ国の人々に対するビザの発給停止など様々な措置を含むこの大統領令には “Protecting the Nation From Foreign Terrorist Entry Into the United States.” というタイトルがついている。日本語にすると「米国への外国人テロリストの入国から国民を保護する」となる。

大統領令の英語全文がNew York Timesにアップされている。大統領令の日本語全訳はまだ目にしていない。

この大統領令にはINA (Immigration and Nationality Act ; 移民国籍法) やU.S.C. (United States Code ; 合衆国法典) への参照が多数あり、大統領令だけを読んですべてがわかるわけではない。各種記事などを読みながら今のところわかっている情報を整理した。

大きく分けると、①難民受け入れに関する措置と、②「特定の懸念がある」7カ国の国民の入国に関する措置のそれぞれについて書かれている。本当はそれ以外にもいろいろと書いてあるのだが、特に議論を呼んでいるこの2点について情報をまとめておく(関心がある方は大統領令の本文に当たってください)。また、最後に大統領令のあとに起きている出来事についても簡単に触れている。

①難民受け入れについて

大統領令のセクション5に書いてある。

Sec. 5. Realignment of the U.S. Refugee Admissions Program for Fiscal Year 2017.(会計年度2017年における米国難民認定プログラムの再編成)

まず、会計年度の2017年は、2016年10月から2017年の9月までの12ヶ月間である。なので、今のことである。1/27に大統領令が出されてからすぐに実効化されている。

以下のことが書いてある。まず、米国難民認定プログラムを120日間停止する、ということが書いてある。これは、あらゆる国からの難民受け入れを1/27から120日間停止するということである。

The Secretary of State shall suspend the U.S. Refugee Admissions Program (USRAP) for 120 days.

次に、上記の措置を前提としたうえで、シリア難民についてはさらに以下のことが書いてある。要約すると、シリア難民の入国は米国の利益にとって有害だから、私がその判断を変えるまでは(無期限に)受け入れを停止する、ということである。

I hereby proclaim that the entry of nationals of Syria as refugees is detrimental to the interests of the United States and thus suspend any such entry until such time as I have determined that sufficient changes have been made to the USRAP to ensure that admission of Syrian refugees is consistent with the national interest.

さらに、会計年度2017年の難民受け入れ総数についても言及がある。端的に言うと会計年度2017年は難民受け入れの上限を5万人とする、ということが書いてある。

I hereby proclaim that the entry of more than 50,000 refugees in fiscal year 2017 would be detrimental to the interests of the United States, and thus suspend any such entry until such time as I determine that additional admissions would be in the national interest.

5万人というのがどういう意味を持つかというと、昨年9月にオバマ大統領が11万人受け入れると宣言した人数の半分以下になっている、という意味合いがある。

米国は2013~15年にかけて年間7万人の難民を受け入れてきた。16年にはその数を8万5000人に拡大。17年の11万人受け入れが実現すれば、米国に入国する難民は15年から57%増加することになる。オバマ政権は従来、厳しい状況に置かれた難民のため、すべての国々が支援を強化するべきだとの立場をとっている。
CNN.co.jp : 米政府、17年に難民11万人受け入れ 15年から57%増

最後に、難民受け入れの停止期間中における例外的な取り扱いの可能性についても言及がある。具体的には、出身国内で宗教的少数派である場合や、既存の国際規約に従う場合、すでに米国に向けて渡航しており入国を拒否することが過度の困難をもたらす場合などにおいて、彼らを難民認定することが米国に対するリスクとならない場合にかぎり、入国を許可することもケースバイケースではありえる、ということが書いてある。

the Secretaries of State and Homeland Security may jointly determine to admit individuals to the United States as refugees on a case-by-case basis, in their discretion, but only so long as they determine that the admission of such individuals as refugees is in the national interest — including when the person is a religious minority in his country of nationality facing religious persecution, when admitting the person would enable the United States to conform its conduct to a preexisting international agreement, or when the person is already in transit and denying admission would cause undue hardship — and it would not pose a risk to the security or welfare of the United States.

難民受け入れについての内容を簡単にまとめると、

  • あらゆる国からの難民受け入れを120日間停止
  • シリア難民については受け入れを無期限に停止
  • 会計年度2017年の難民受け入れ総数を5万人に制限(オバマ大統領は11万人と言っていた)
  • 120日間の停止期間中、ケースバイケースで難民受け入れを行う可能性がないわけではない

②「特定の懸念がある」7カ国の国民の入国について

大統領令のセクション3に書いてある。こちらは難民に限らず特定の7カ国の国民による米国への入国に関する内容となっている。

Sec. 3. Suspension of Issuance of Visas and Other Immigration Benefits to Nationals of Countries of Particular Concern.(特定の懸念がある国の国民に対するビザの発給及びその他の移住に関する利益の停止)

各種報道にもある通り、「特定の懸念がある国」は以下の7カ国である。

  • シリア
  • イラク
  • イラン
  • イエメン
  • ソマリア
  • スーダン
  • リビア 

大統領令に書かれていることは、これら7カ国からの外国人の入国が米国の利益に対して有害である可能性があり、したがって今後90日間にわたって、移民であろうとそうでなかろうと、当該7カ国の国民は米国への入国を拒否される、ということである。移住を希望しているかただの観光目的かにかかわらず、入国自体が拒否されるということだ。

I hereby proclaim that the immigrant and nonimmigrant entry into the United States of aliens from countries referred to in section 217(a)(12) of the INA, 8 U.S.C. 1187(a)(12), would be detrimental to the interests of the United States, and I hereby suspend entry into the United States, as immigrants and nonimmigrants, of such persons for 90 days from the date of this order (excluding those foreign nationals traveling on diplomatic visas, North Atlantic Treaty Organization visas, C-2 visas for travel to the United Nations, and G-1, G-2, G-3, and G-4 visas)."

この文章が行政の現場においてより具体的にどのような形で執行されるかということが混乱を呼んでいるようだ。ワシントンポストの記事では、いわゆるグリーンカード(永住権)保持者であっても、当該7カ国の国籍を持ちかつ大統領令が出たタイミングで外国にいた者は、そのあと米国に帰国しようとする場合には入国を拒否されると政府職員が認めた、と報道されている。

また、当該7カ国との二重国籍者や、当該7カ国で生まれたあとに英国のような同盟国のパスポートを持つに至ったものも、同様に扱われるとのことである。(ここでの「二重国籍者」に米国との二重国籍者が含まれるかどうかは文章からは読み取れなかった。)

But as the day progressed, administration officials confirmed that the sweeping order also targeted U.S. legal residents from the named countries — green-card holders — who were abroad when it was signed. Also subject to being barred entry into the United States are dual nationals, or people born in one of the seven countries who hold passports even from U.S. allies, such as the United Kingdom. 

ちなみに、BBCの報道では、グリーンカード保有者の扱いは不透明だとされている。

It is unclear how the order will affect citizens with legal permanent residency - people with so-called green cards. Rights groups have advised people to consult immigration lawyers before travelling outside the US or trying to return

当該7カ国の国民の入国についての措置について簡単にまとめると

  • シリア、イラク、イラン、イエメン、ソマリア、スーダン、リビアの国民は、90日間、米国への入国を拒否する
  • 米国のグリーンカード保有者の扱いは不透明だが、グリーンカード保有者であっても、当該7カ国の国民は入国を拒否されると行政職員が認めたという報道もある

大統領令のあとに起きたこと

大統領令にもとづき、実際に多くの人々が米国の空港で拘束されたり、外国の空港で米国行きの飛行機への搭乗を拒否されたりということが始まっている。

ニューヨークのJFK国際空港では、1/28土曜日に11人が拘束された。これを見て多くの人々が空港に集まり「Let Them In」と声を上げた。

この動きと並行して、ACLU(アメリカ自由人権協会)所属の弁護士らがニューヨーク等の連邦裁判所に対して救済を申し立てていた。連邦裁判所は、米国全土において、大統領令を理由に拘束されている人々が出身国に強制送還されることによって回復不可能な損害が出てしまう可能性を認め、この申し立てを認めた。

まとめ

①難民受け入れについて

  • あらゆる国からの難民受け入れを120日間停止
  • シリア難民については受け入れを無期限に停止
  • 会計年度2017年の難民受け入れ総数を5万人に制限(オバマ大統領は11万人と言っていた)
  • 120日間の停止期間中、ケースバイケースで難民受け入れを行う可能性がないわけではない
②「特定の懸念がある」7カ国の国民の入国について
  • シリア、イラク、イラン、イエメン、ソマリア、スーダン、リビアの国民は、90日間、米国への入国を拒否する
  • 米国のグリーンカード保有者の扱いは不透明だが、グリーンカード保有者であっても、当該7カ国の国民は入国を拒否されると行政職員が認めたという報道もある
1/28土曜日に、連邦裁判所は、米国全土において、大統領令を理由に米国から強制送還されようとしている人々の救済を認めた。今後この大統領令がどのような形で運用されていくのかは不透明である。

(1/30追記)

本件についてのトランプ大統領による声明を全訳しました。

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関連過去エントリ

「本当に困っているのは誰か?」と問う正義。大西連さんと「保護なめんな」ジャンパー問題について話したこと。

1/17に小田原市の「保護なめんなジャンパー」問題が発覚してから1週間。このテーマについてもやいの大西連さんと話したいと思い、一昨日の晩にお会いしてFacebook Liveで1時間半ほど話しました。

大西さんはNPO法人もやいの代表で、名著『すぐそばにある「貧困」』の著者でもあります。今回の件についてとてもよくまとまった記事も書かれています。

そして、実際のFacebook Liveのリンクがこちらです。ちなみに彼とのLiveは2回目で、1回目のリンクはこちらです。

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会話のなかでいくつか印象に残っているポイントをメモしておきます(順不同)。ジャンパー問題だけではなく、その周囲にあるいろいろな論点について話しました。

  • 生活保護のソーシャルワーカーという仕事とその現状
  • 生活保護の「不正受給」についての現状
  • 1946年制定の旧生活保護法に入っていた3つの除外規定(怠惰・素行不良・親族が扶養可能であること)
  • 生活保護批判(バッシング)と今回の行政批判との位置関係
  • 批判されているのは不正受給なのか、それとも生活保護なのか
  • 生活保護受給者への視線と犯罪者への視線
  • 尊重されるべき「普遍的価値」と、現状の経済・財政や自らの体験を背景にした「国民感情」のミスマッチ(異なる「正義」のすれ違い)
  • そのなかで「本当に困っているのは誰か?」という問い(≒疑い)が常に呼び出されてしまう構造(生活保護だけでなく、医療費や年金を含めたあらゆる社会支出との関係で呼び出されてきた)

これ以外にも基礎的なところからいろいろなことを話したので、興味のある方はぜひ見てみてください。自分自身、こうした会話を積み重ねることで少しずつ考えを深めていきたいと思っています。改めて動画のリンクはこちら

大西さんとはこれからもいろいろとお話していきたいなと思っているので、関心ある方は引き続きチェックいただければ幸いです。 大西さんの著書や柏木ハルコさんの漫画もオススメです。関連するテーマについては私もこのブログでいろいろと書いてきているので、そちらもぜひ。

参考文献

関連過去エントリ

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望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
Facebook hiroki.mochizuki

大人になったら。大人になっても。

今日は成人の日ですね。子どもが大人に変わる通過点。大人になったら何が変わりますかね。何が変わったかな。少し、考えてみました。

大人になったら学校に行かない。

大人の特徴のひとつは学校に行かないということですよね。当たり前だけど、大きな違いです。

私は24歳まで学校にいました。そのあとこれまで何年か働いてきて、31歳になって、そのことに気づきました。最近のことです。ああ、大人は学校に行かない。

学校って何だったでしょうか。学校にはテストがありますね。これが大きいなあと思います。成績が悪いと怒られたり進級できなかったりする。だからみんな勉強します、大なり小なり。

大人になったらそういうことはありません。もちろん、勤め先の仕事内容に関わるものはあるかもしれない。xxの資格を取りなさい、とか。

でも、それ以外のことは誰も教えてくれません。誰もテストを出してくれないし、誰も自分を評価してくれない。お前はバカだとか、もっとしっかり考えろとか言われることがなくなります。

誰からも。仕事以外のことについては。

私は学校に毎日きちんと通うのが得意ではないほうだったので、大人になって学校がなくなることは嬉しいことだと思っていました。でも、大人になって、学校時代よりも長い時間仕事をする生活に慣れてきたころ、言い知れない不安に襲われました。

世の中のことがさっぱりわからない。

学校で学んできたことはどんどん忘れてしまうし、日々のニュースをきちんと追いかける時間も気力もない。いまどんな本を読むべきか、誰も教えてくれない。

知っていることが全くアップデートされていないのに、知っているべきことはどんどん増えて行くように感じました。

このままでいいんだろうか。大人にも学校があればいいのに。テストがあるからと仕方なく新しい知識を詰め込めればいいのに、なんて妄想をしていました。

大人にも学校があればいいのに。でも、そんなものは今のところなさそうです。

大人になったら選挙で投票できる。

大人になったら、選挙で投票できるようになります。去年20歳から18歳に変わったので、成人の日がいう「成人」のタイミングとは少しずれてしまいましたが。

子どもは学校でいろいろなことを勉強して、勉強し終わったころに一人前の大人になって、選挙で投票できるようになります。政治に参加できるようになります。そういう仕組みになっています。

でも、知らないことばかりです。教わっていないことばかりです。

そりゃそうですよね。教科書には過去のことが書いてある。これから起こることは自分で情報を集めて、整理して、自分の頭で考えないといけない。

大人には教科書がありません。対して、世の中にはいろいろな情報があります。日々大量に作られ続ける大量の情報があります。

だから、大人になったら「適度な警戒心」を持たないといけないと思います。頼んでもいないのにするすると入ってくる情報が良い情報とは限りません。わかりやすくて短い時間で消化できる情報が良い情報とは限りません。

何かを理解した、何かを知っている、そう思ったときが一番危ない。自分が知りうることは本当に少なく、だからこそいつだって間違えうる。できるなら間違えたくないけれど、もし間違えてしまったらなるべく早めに気づきたいものです。

でも、それがとても難しい。気づいたらいつの間にかカロリー高め、塩分高めの情報ばかり摂取して満足しています。たくさんの文字を読んだはずなのに、たくさんの動画を観たはずなのに、何も残っていない。日々そんなことの繰り返しです。 

大人になったら。大人になっても。

私がこれまで生きてきてわかったこと。特効薬はない、ということだけです。そして特効薬がないからこそ、特効薬がほしくなるんですね。でもそんなものはない。学び続けるしかない、少しずつ、打ちのめされそうになりながらも。

学び続けるのは大変です。時間もお金もかかります。精神的な負荷もかかります。わからないことに直面しますから。わからないことをわからないままに耐えなければいけない、考え続けなければいけないからです。

ただ、そのことに慣れていくしかないと思います。

これは自分に対する希望であり、これから大人になる子どもたちに対する希望でもあり、ほかの大人たちに対する希望でもあります。

学校がなくても、テストがなくても、新しいことをどんどん学び続けたいと思います。教科書に書いていなかったことが毎日起きます。現在進行形で。学び続けたいと思います。この社会から、世界から目をそらさずにいたいと思います。

会ったこともない人、文字でしか出会ったことのない人のことを想像する、もう死んでしまっているかもしれない誰かのことを、これから生まれてくるかもしれない誰かのことを想像し続けたいと思います。

本を読み、旅に出て、人と話して、考え続けたいと思います。

そのことを根気強く続けていきたいと思います。

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加えて、私としては、学校がなくても、テストがなくても、学び、考え続けるためのきっかけを提供し続けていけたらと思っています。大人が大人であり続けるためのきっかけを、小さくても作り続けていけたらと思っています。

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こちらもそんな場所のひとつ。学校ではないけれど、丁寧に準備しました。

1/13 「子どもに誰が・いつ・どう性を伝えるか」トークショー ~SmartNews ATLAS Program「社会の子ども」vol.2~ | Peatix

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プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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すべての若者たちへ。ミシェル・オバマ最後のメッセージ。

ミシェル・オバマ大統領夫人の最後のスピーチがとても素晴らしかったので、その後半部分、若者たちへのメッセージの部分を翻訳してご紹介します。舞台は1/6にホワイトハウスで行われた全米スクールカウンセラー・オブ・ザ・イヤーの授賞式です。英語全文はこちらに。

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ここから翻訳です。いくつかの見出しは私がつけたものです。

生い立ちや社会的地位に関係なく、あなたには居場所がある

私がホワイトハウスでの時間を終えるにあたって、ファーストレディとしての最後の公式の談話を通じて、若者たちに贈る事ができるこれ以上のメッセージはありません。この部屋にいる、そしてこの動画を観ているすべての若者たちへ、この国はあなたに属していると知ってください。これまでの生い立ちや社会的な地位には関係なく、あなたたちすべてにです。あなたやあなたの両親が移民でも、あなたは誇るべきアメリカの伝統の一部だと知ってください。新しい文化、才能、アイデアの流入、どの世代においても、それこそが私たちを地球上で最も素晴らしい国に作り上げてきたものです。

もしあなたの家族が多くのお金を持っていなくても、この国では私や私の夫を含む多くの人々がとても少ないお金とともに出発したということを忘れないでください。よく働き、良い教育を受けさえすれば、なんでも可能です。大統領になることだってできるのです。それがアメリカンドリームというものです。

あなたが信仰の人であったなら、宗教の多様性がアメリカの偉大な伝統であることも知ってください。実際それこそが最初の人々がこの国に来た理由だったのです。自由に信じるために。あなたがイスラム教徒であろうと、キリスト教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、シーク教徒であろうと、これらの宗教は私たちの若者に対して正義と同情、そして正直さを教えています。だからこそ若者たちには誇りをもってそれらの価値を学び実践し続けてほしい。私たちの栄誉ある多様性、すなわち信仰、肌の色、信条の多様性、それは私たちが私たちであることに対しての脅威ではありません。それこそが私たちを私たちたらしめているものなのです。若者たちへ、他人が何と言おうとあなたという存在が大切でないなどと思ってはいけません。私たちのアメリカという物語に居場所がないなどと思ってはいけません。なぜならあなたは大切だからです。居場所があるからです。そして、あなたはあなた自身である権利を持っているのです。

権利と自由は毎日毎日獲得し続けなければならない

ただ、このこともはっきり言っておきます。この権利はただあなたに手渡されているわけではない。違います。この権利は毎日毎日獲得し続けなければならないものなのです。自由を当然のものと思ってはいけません。あなたの前の世代と同じように、あなたも自由を守るための自分たちの役割を果たさなければいけません。そして、それはまさに今、あなたが若いうちから始まるのです。

いまこの瞬間から、あなたは自分自身の声をこの国全体の議論に加えるための準備を始めなければいけないのです。あなたは市民として知識をもち関与できるように準備をしなければいけません。私たちの誇るべきアメリカ的な価値のために奉仕し、導き、そして立ち上がるために。日々の暮らしのなかでそれらの価値を大切にするために。それは、可能なかぎり最高の教育を受けることが、あなたが批判的に思考することを可能にし、自分自身を明確に表明することを可能にし、そして良い仕事を得て自分自身と家族を支えることを可能にし、コミュニティのなかのポジティブな力であることを可能にするということなのです。

あなたがこれから何かの障害に直面したらーー保証します。必ず直面します。あなたたちの多くがすでに直面しているようにーーもし困難に直面して、あきらめることを考え始めたら、私の夫や私が話してきたことを思い出してほしい。私たちがほとんど10年も前にこの旅路を始めたころから話してきたことを。このホワイトハウスのなかで、そして私たちの人生のすべての瞬間において私たちを動かしてきたものを。それは希望の力です。あなたがそのために働き、戦うつもりがあるのならば、より良いことはいつだって可能であるという信念です。

希望の力、どんな若者に対してもあきらめない

希望の力に対する私たちの根本的な信念が疑いや分断の声を乗り越えることを可能にしてきました。私たちが自らの人生やこの国の一生において直面してきた怒りや恐怖の声を乗り越えることを可能にしてきたのです。私たちの希望は、他者が私たちに課すどんな制限があっても、私たちが十分に働き、私たち自身を信頼すれば、私たちは私たちが夢見るどんなものにもなれるということです。それは、人々が私たちが真実にそうであるところを見るときには、おそらく、ただおそらくですが、彼らも自らありうる最高の自分自身に変わっていこうとするだろうという希望なのです。

これこそがカイラ(※)のように自分自身の可能性を探求し、それを世界と共有しようと戦う生徒たちの希望です。それこそがテリ(※)のようなスクールカウンセラーたち、生徒たちのあらゆる一歩を導き、どんな若者に対してもあきらめようとしない、ここにいるすべての人たちの希望なのです。そして、私の父のような人々の希望、市の水処理施設で毎日働き、いつか自分の子供たちが大学に行き、彼自身は夢にさえ見なかったような機会を手にすることへの希望なのです。(※テリは全米スクールカウンセラーオブザイヤーの受賞者、カイラはその教え子)

それは私たちすべてが、政治家であれ、親であれ、牧師であれ、私たちのすべてが若者たちに与えなければいけない希望なのです。それこそが毎日この国を前進させているもの、未来に対する私たちの希望とその希望によって鼓舞される大変な仕事だからです。

恐れずに、教育の力で、あなたの無限の可能性に価する国をつくってほしい

これがファーストレディとしての若者たちへの最後のメッセージです。シンプルです。私は私たちの若者に彼らが大切な存在だと知ってほしい。居場所があるということを知ってほしい。だから恐れないで。若者たち、私の声が聴こえる?恐れないで。フォーカスすること、ブレないこと、希望を捨てないこと、力を備えること(Be focused. Be determined. Be hopeful. Be empowered.)。良い教育であなた自身に力を備えてほしい。そしてそこから飛び出して、その教育の力を使って、あなたの無限の可能性に価する国をつくってほしい。希望をもった見本になってください。決して恐怖ではなく。そして、私はあなたとともにいます、私の残りの人生をかけてあなたを応援し、あなたを支えるために働きます、そのことを知っていてください。

そして、ここにいるすべての人々が、この国のすべての教育者たち、支持者たちが、日々心を尽くして私たちの若者たちを引き上げるために働いているということを私は知っています。私はあなたたちすべての情熱と次世代のための大変な仕事に対する献身に感謝します。そして、私はファーストレディとしての私の時間を終えるのに、あなたたちとともに祝福する以上の機会を考えることはできません。

だから、シンプルにありがとうと言って今日の話を終わりたいと思います。私たちの子どもたち、そしてこの国のためにあなたたちがしてくれるすべてのことに対して。あなたたちのファーストレディであることは私の人生で最も偉大な栄誉でした。私も、あなたたちにとっての誇りであれたらと願っています。

(※翻訳箇所は13:00ごろから最後までの部分です。"And as I end my time in the White House..."から。ぜひ動画も見ていただけたらと思います。)

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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