HIROKIM BLOG / 望月優大の日記

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バーナンキが日本に推奨する「財政政策と金融政策の連携」の意味

アメリカの前FRB議長ベン・バーナンキが5月24日に日本の金融政策について語った内容が翻訳されて話題になっていた。 

ベン・バーナンキ「日本の金融政策に関する考察」 – 道草

とても興味深い内容なのだが、日本語訳で1.5万字以上あるということと、専門性が高くて読み切れていないという方も多いだろうと思う。サイトに彼自身による要旨が掲載されており長さやわかりやすさの点で優れていると感じたので、簡単に訳出することにした。

Some reflections on Japanese monetary policy | Brookings Institution

翻訳(太字強調は訳者)

これまで何年間にもわたって、私は日本の金融政策立案者たちがデフレ脱却の試みのなかで直面している挑戦についてたくさんのことを考え、そして書いてきた。そのなかでも早い時期に属するいくつかの書き物のなかで、私は、日銀がより強く決意を示しさえすれば、これらの問題はたやすく解決できる、そのように主張していた。しかし、近年日銀が実際に強い決意を示しており、そしてその結果は一般的に良いものではあるものの、デフレが決定的に克服されたとまでは言えない状態である。特に、日銀は毎年のインフレ率を持続的に2%以上にするという目標を達成することに関する困難を抱えてきた。

5月24日に日銀で行なった公演で、私は私自身が過去に行ってきたアドバイスを振り返り、それがいかに時間のテストに耐えてきたかどうかについて確認した。そして、もし現在の政策フレームワークがインフレ目標を達成するのに不十分だとすると、日銀はほかにどんなオプションを検討しうるかに関するいくつかの考えを提供した。

私の主要な結論のうちのいくつかは以下の通りである。

  1. 日銀はインフレ目標の断固たる追求を止めるべきではない。現在、いくつかの指標において経済のパフォーマンスが好調であってもなお止めるでべきではない。ほかにも理由があるが、もっとも重要なことは、インフレ率と利子率を高めることが、日銀が将来の景気後退に対応する能力を高めることによって、経済の安定性を促進するということである。
  2. 日本の金融政策は2013年からとても積極的になった。安倍晋三が選挙で首相として選ばれたこと、そして彼が黒田東彦を日銀総裁として選んでからのことである。黒田の「質的・量的緩和(QQE)」プログラムはいくつかの重要な利点をもたらしてきた。それにはインフレ率の上昇、名目GDPの成長、そして労働需給の逼迫が含まれる。最近なされた日銀におけるフレームワークの諸変更はそうした利点をより持続的なものにするだろう。しかしながら、日本経済のいくつかの特徴、そして過去の政策の遺産、それらが相まって、日銀が掲げるインフレ目標のより迅速な達成を妨げている。目標がこれから数年以内に達成されるか否かはまだ不確定で、部分的には中央銀行がコントロールできない要因に依存している。
  3. もし現在の政策群が十分でないとした場合、どんなツールが残っているだろうか?日本の金融当局自身によるさらなる大規模な緩和の余地は限られているように見える。というのは、国債の利子率が長期のものも含めてゼロ近辺に張り付いており、実質利子率を低下させるためにインフレ期待を上昇させるということの困難が証明されてきているからだ。より多くの刺激が必要だとするなら、もっとも可能性がある方向性は財政政策と金融政策の連携であるだろう。すなわち、新規の財政支出や減税が債務GDP比率に与える影響を相殺するために必要なだけ、一時的にインフレ目標を上昇させることに日銀が合意するということだ。そうした協調こそが、日本の財政状況を悪化させることなく、あるいは日銀の独立性を傷つけることなく、日銀が探し求めている追加の総需要の創出を助けることができるだろう。 

感想・まとめ

私は金融の専門家ではないので、バーナンキが述べているテクニカルな部分の詳細すべてについて完全に理解できているわけではない。しかし、彼が語っていることの本筋はおそらくこういうことだ。

  1. インフレ目標を達成することは相変わらずとても重要だが、それを日銀、金融政策の努力だけで達成することの困難は認めざるを得ない状況になっている。
  2. この限界を突破するためには、政府による財政政策の積極化による追加の総需要創出が必要になるが、政府は債務対GDP比の制約下にあるため、これに及び腰になってしまう構造がある。
  3. したがって、デフレを脱却するためには、財政政策の積極化が直ちに債務対GDP比の悪化に結びつかない状況をつくりだす必要がある。そして、それは「財政政策と金融政策の連携」によって可能になる。すなわち、財政政策の積極化(追加の財政支出や減税)によって生じる債務対GDP比の悪化は、金融当局による将来のインフレ誘導によって相殺することができる。ここでのポイントは、金融当局によるコミットメントを信頼する主体が、これまでの一般大衆から政策当局者や法案立案者だけに限定されているということにある。

講演中、この核心部分について論じているパートがあるので、先の翻訳記事より引用する(誤字を一箇所修正)。太字強調は引用者。

中央銀行単独の行動が限界に達している時、普通は財政政策が代替策になる。だが、日本では既に存在する高水準の債務残高対GDP比の結果として、財政政策でさえ制約に直面しているのかもしれない。そうなると、金融政策と財政政策の連携の話に行かざるを得ないと私は考えている。そうした連携策を実行する手段は数多くあるが、実行可能なアプローチの鍵となる要素は、(1) 政府が新たな支出か減税プログラムを約束する事と、(2)そのプログラムが日本の債務残高対GDP比に与える影響を相殺するのに必要な手段を実行すると中央銀行が約束することです。

私の提案の文脈は、一般大衆はインフレ率をオーバーシュートさせるという中央銀行の主張を信じる必要はなく、政策当局者や法案立案者だけが信じればいいと言うことです。おそらく、政府が、マクロ的な状況からそれが正当化できる時に、拡張的な財政プログラムを承認しないことの鍵となる理由は、結果として国の債務が積み上がることを心配するからです。もし法案立案者が、金融政策はその積み上がった債務を相殺するために使われると信じるなら、彼らはもっと積極的に行動するかもしれない。さらに言えば、彼らは、金融政策は財政政策と相反するものでなく、財政乗数を増やし、「対価に見合う価値」以上のものをもたらすものだと理解するでしょう。 

財政当局を安心させることができれば、総需要の創出につながる積極的財政を実現できる。そして、財政当局を安心させることは、金融政策側のコミットメントによって可能になる。こうした財政政策と金融政策の相互協調の図式が論じられている。

さらに、バーナンキは、この財政政策の積極化の中身についても若干触れている。総需要を増やそうという一般論は良いとして、具体的に何に使うのが良いか、ということである。こちらも翻訳記事より引用。太字強調は引用者。

ここでは、この仮想的な財政プログラムの内訳には立ち入りません。ただ、このプログラムをアベノミクスの3本目の矢である構造改革を前進させるために使うと有益であると指摘しておきます。そして、構造改革は長期的な成長率を上げるために欠かせないものです。例えば、再訓練プログラムや所得補助は非効率部門を改革する際の抵抗を和らげることができるし、照準を定めた社会福祉は女性や高齢者の労働参加を増やすのに役立てることができる。 

追加的な財政支出を、長期の成長率に関わる構造改革を推進するために活用しようというアイデアである。すなわち、構造改革のために追加の財政支出をしようということだ。

一般に構造改革と聞くと、政府支出の削減や規制緩和をイメージされる方も多いかと思うが、ここでバーナンキが推奨している内容は、産業間の労働移動を可能にするための積極的労働市場政策(再訓練プログラムや所得補助)と、それに加えて社会福祉領域への積極的な財政投入とそれによる女性や高齢者の労働参加の促進である。

ちなみに後者については保育や介護など社会福祉の充実によって労働参加が促進されるという側面と、社会福祉領域自体がより大きな雇用の受け皿になるという意味の両方が含まれているだろうと思う。

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この講演を読んで私が学んだことはいくつかあるが、もっとも重要なことは、財政政策の積極化が一部の貧しい人々や弱者にとって必要であるというだけではなく、日本経済全体としてデフレから脱却していくのにも必要だということではないかと思う。当たり前のことなのかもしれないが、この2つを分けて理解することはとても大切なことだ。

そして、財政政策の積極化を実現していく際にボトルネックになるのが、毎度緊縮財政が要求される根拠となる財政の健全性(≒債務対GDP比)であるわけだが、しかしながら同時に「財政政策と金融政策の連携」によってそのボトルネックを突破できる可能性があるーーこうした理路が信頼できる経済学者から示されたということに、私は一つの希望を感じた。 

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年埼玉県生まれ。
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