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書評『分解するイギリス』(近藤康史)

イギリス政治の専門家によるイギリス政治入門の書。本質的な内容がわかりやすくまとめられており、大変勉強になった。イギリス政治の理解に役立つだけでなく、長らくイギリスを目標に政治改革を行ってきた日本政治を考えるうえでも必読の一冊だ。なぜなら、著者はその目標たるイギリスモデルの変容を論じているからである。

分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)

分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)

 

イギリスの民主主義は「ウェストミンスター・モデル」とも言われ、議会制民主主義の一つの範型とされてきた。本書では、そのモデルが「複数の制度的パーツ」の組み合わさりによって構成されていること、そして近年になって一つ一つのパーツに変化が起こり、総体としてのモデルが大きく変容していることが論じられている。

複数の制度的パーツとして以下6つの制度的特徴が挙げられている。

  1. 議会主権
  2. 小選挙区制
  3. 二大政党制
  4. 政党の一体性
  5. 執政優位
  6. 単一国家

日本と同様の議院内閣制を取るイギリスでは、議会の多数派が首相を選出し、執政府たる内閣をつくる。選挙制度は小選挙区制であり、一つの選挙区で一人だけが選出されるので大政党に有利である。これらの制度を背景に、長らく保守党と労働党という二大政党のどちらかが議会の半数以上を占める状況が続き、どちらが優位に立つかという変化(=政権交代)は起これども、全体としては安定した政治状況が維持されてきた。

加えて、両党ともに党内の一体性を生み出すための規律のシステムを備えており、選挙の際には党としてのマニフェストが有権者に示される。したがって、有権者としては2つの選択肢から1つを選ぶことで、議会の多数派、首相、内閣を直列で選択するというシンプルな構造になっている。ちなみに、二院制ではあるが、下院が上院に優越していることで、両院間の多数派がねじれることによる停滞も起きづらい。

これらの要素の重なり合いによって、国政選挙で多数を獲得した政党が、次の選挙までの間は安定的な権力を維持することができる。これを「選挙独裁」と称する見方もあるが、権力を持つ与党の立場にあっても、常に野党との競争関係に晒されることによって一定のガバナンスが働いている。これが、ウェスト・ミンスターモデルと呼ばれるイギリス政治のあり方である。

繰り返しになるが、本書で論じられていることは、このウェストミンスター・モデルのあり方に近年大きな変容が生じているということである。すべてをこのブログで説明することはできないが、根本的であると感じた点について簡単に記しておく。それは、議席率と得票率との乖離がどんどん広がっているということであり、それによって著者が「民意の漏れ」と呼ぶ現象がどんどん大きくなっているということだ。

簡単に言うと、戦後すぐの時代は二大政党への得票が全体に占める割合が非常に高く、その他の政党が得る得票がとても少なかった(=二大政党合計での得票率が高いということ)。さらに、大政党に有利な選挙制度である小選挙区制が採用されていることによって、実際の議席の配分については二大政党が占める割合が得票率よりもさらに高く推移してきた(=二大政党合計での議席率が得票率よりもさらに高いということ)。

それに対して近年になって起きていることは、まず、二大政党合計での得票率がどんどん下がっているということだ。近年は70%を切るところまで低下している。これは、自由民主党やイギリス独立党(UKIP)、スコットランド国民党(SNP)といった政党への支持が伸びた結果である。得票率という観点からはすでに二大政党制から多党制に近い状況に変わってきているということがわかる。

しかし、にもかかわらず、小選挙区制の特性がゆえに、議席率についてはまだ二大政党で85%以上を占めている(2015年)。これでも戦後すぐよりはかなり低下しているが、得票率ほどには下がっていない。その意味ではまだ二大政党制としての特徴を強く残しているとも取れる。

こうした状況が何を意味するか。保守党であれ、労働党であれ、議会で(絶対)多数の基盤を持っている政党であったとしても、人々から得ている得票の割合は年々減少しているということ、したがってそれと連動するように、「ときの政権に代表されていないと感じる人々」の割合がどんどん増えているということである。繰り返しになるが、著者はこの現象を「民意の漏れ」と呼ぶ。

そして、この構造が事実として示されたのがイギリスのEU離脱をめぐる昨年6月の国民投票であった。これが著者の見立てである。EU離脱への支持は政党を超えて広がっていた。よく知られているように、保守党のキャメロン首相はEU離脱に反対であったが、同じ保守党内にEU懐疑派と呼ばれる勢力を抱えていた。労働党支持者にもEU離脱を支持するものが一定数いた。

そして、EU離脱を強く訴えてきたナイジェル・ファラージ率いるイギリス独立党(UKIP)は、これまで小選挙区制の壁に阻まれて議会内では大きな勢力たり得なかったものの、実は得票率という意味ではすでに10%以上を獲得する勢力に育っていた(=第三政党以下における得票率に比して低い議席率)。そして、比例代表制をとるEU議会選挙では、2014年にUKIPはイギリスでの最大政党にまでなっていたのである。

ウェストミンスター議会では十分に代表されてこなかったUKIPの支持者たちは、国民投票でその存在感をおおいに示すことになった。そして、二大政党の支持者たちの多くも、政党を横断する形で、EU離脱を支持する一票を投じたのである。

そもそも、議会主権を錦の御旗として掲げるイギリス政治において、議会外の国民投票を呼び出さなければならないということ自体が多くを物語っている。それは、EU離脱という特定イシューに関する各政党内の凝集力が失われているということの結果であるし、人々の立場と二大政党の立場のあいだでズレが大きくなっているということの証でもあるわけだ。

いまの政府が自分の意見を代表していない、そして二大政党のどちらが政権を担っても自分の意見が代表されたとは感じられない。そう考える人々が増えている。彼らは二大政党以外の政党に投票する。あるいは投票そのものを放棄したり、議会外のデモ活動に積極的に参加したりする。そうした状況がイギリスで発生している。

そして、その状況を前提に、ときの政権が党内対立を押さえ込み、人々の支持を調達するために、特定のイシューについての意思を国民に直接問う国民投票や住民投票が呼び出される。当然、そこでは議会は迂回されることになる。同じ「民主主義」でも、議会主権と国民投票は全く異なるものだ。

EU離脱の国民投票、スコットランド独立に関する住民投票、どちらも同じ構造である。民意を代表しているとされる議会で決着がつけられないイシューの出現によって、議会主権を中心に据えるイギリス民主主義のあり方そのものが変容を迫られている

こうした現象は民主主義という政治制度にまつわる根源的な問題が噴出していることの現われであるだろう。そして、形は異なれど、イギリス以外の多くの国でもこうした「民意の漏れ」という現象が現在進行系で起きているのではないかと考えさせられる。もちろん、日本も例外ではない。

分解するイギリス: 民主主義モデルの漂流 (ちくま新書 1262)

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 近藤氏のその他の著作も手に取ってみたい。

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プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年埼玉県生まれ。
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