望月優大のブログ

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「ラストベルトの反乱」という神話。白人労働者たちがトランプに寝返ったというのは本当か。

Slateに「ラストベルトの反乱という神話」という記事があがっていました。面白い記事だったので内容を紹介します。著者は南カリフォルニア大学法学部の教授とヨーク大学博士課程の学生の二人です。

The myth of the Rust Belt revolt.

トランプが勝った理由、クリントンが負けた理由として、白人労働者階級の反乱が頻繁に語られました。すなわち現状に不満を抱える白人労働者たちによる民主党から共和党への寝返りが起きたのではないか、というストーリーです。

特に地理的には「ラストベルト rust belt」と呼ばれる、カナダに近い中西部から大西洋岸にわたって広がるかつての工業地帯でこうした反乱が集中的に起こり、それがトランプの勝利を帰結したのではないか、という考えが多く語られました。

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改めてアメリカの州名を眺めてみる

先の記事では、2012年と2016年の両大統領選挙における、アイオワ、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシンというラストベルト5州の出口調査と投票率のデータを活用し、この「ラストベルトの反乱」というストーリーの信憑性が検証されています。

著者の考えはシンプルなものです。

  • 2012年と比較して、民主党は年収10万ドル以下(特に5万ドル以下)の人々からの票を失った(155万票ほど)。
  • 人種・エスニシティという観点では、白人の95万票、黒人など白人以外(BIPOC)の40万票を失った。(※BIPOC = Black, Indigenous and Other People of Color)
  • では共和党がこの155万票を根こそぎ持っていたかというとそうではなく、2012年と比較して、年収10万ドル以下での共和党の得票数は36万票しか増えていない。
  • では残りの100万以上の票はどこに行ってしまったのか。
  • 一つには民主党でも共和党でもない「第三党」に行った。その数51万票。
  • もう一つの要因は棄権の増加である。50万増えている。
  • したがって著者はこう結論する。民主党に投票しなかった人々の多くは、トランプに投票するよりも第三党の候補に投票するか、そもそも誰にも投票しない傾向のほうが大きかった

著者が記事中で示したグラフは以下の2つです。

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年収別に見た各政党投票者数の増減(2012→2016年)

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人種別に見た各政党投票者数の増減(2012→2016年)

著者の分析は非常に興味深いと思います。というのも、これまで民主党支持者だった人たちが一気に共和党、あるいはトランプ支持者になったわけではなく、彼らの多くはクリントンにもトランプにも投票することができず、棄権するか第三党に投票したということを言っているからです。

ニューヨークタイムズの以下の図を見たことがある人も多いかもしれません。赤い矢印は2016年のトランプの得票数が、2012年のロムニーの得票数を上回った地域を示しています。同様に、青い矢印は2016のクリントンの得票数が2012年のオバマの得票数を上回った地域です。

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(New York Times - How Trump Reshaped the Election Map

一目見てわかる通り赤ばかりです。これは共和党候補への投票者数が増えたことを意味していますが、今回の分析が示唆することはそれよりももっと大きな変化が起きていたということです。それが、民主党支持者が民主党候補に投票せず、第三党に投票したり、そもそも棄権してしまった、という可能性でした。

したがって、著者たちが言うように「白人労働者たちが民主党から共和党に寝返った」というストーリーは一部正しいものの、より大きな変化を覆い隠してしまっている可能性があります

前回11/13にアメリカ大統領選について書いたこちらの記事(ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について)でも、投票率が鍵になっている可能性を指摘していました。ただ、第三党への投票者が増えているだろう可能性については見過ごしていました。

最後に投票率です。これもCNNから数字が出ています。ただし、人種・エスニシティ別の投票率はまだ出ていないと思います。

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2008年と2016年の投票率を比較するとわかりやすいのですが、全体の投票率は63.7%から55.4%に8.3%下がっています。2008年の選挙の盛り上がりがよくわかる変化です。政党別に見ると、2008年から2016年にかけて特に民主党候補に対する投票率の低下が著しく、33.7%から26.5%へと7.2%も低下しています(共和党は2.8%の低下)。

もちろんこれだけでは、民主党の支持層がトランプに移ったのか単に投票に行かなかっただけなのかを判断することはできませんが、先に触れたオバマ時代(2008年、2012年)の黒人の投票率の高さを見ると、今回も彼らが同様の働きをしたかどうかは気になるところです。

いずれにせよ、今回の大統領選では、トランプ・共和党が勝ったという側面よりもクリントン・民主党が負けたという側面のほうが大きいことが明らかになってきているように思います。

逆に言えば、2008年、2012年についてはオバマだったからこそ民主党が勝てたという側面が大きいのではないでしょうか。

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プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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