組織に潰されないための離脱・発言・忠誠
厚労省から過労死白書が発表された。
長時間労働に耐えられなくて、上司や同僚に会うのがいやで、勤め先のビルを見るのがいやで、そのために精神を壊したり、命を絶ったりする人の数が少しでも減ってほしいと心の底から思う。
信じられないほどの長時間労働、無意味に思える単純作業、権力を誇示するためだけの儀礼的なルール、そういったものも人並みには経験してきた。どんなに不快でもちっぽけな自分にはどうすることもできない、そんな無力感と常にセット売りだった。
アルバート・ハーシュマンという20世紀ドイツの政治経済学者がいる。彼は、組織に所属する個人が直面する問題に対して、個人の側が取れるアクションを大きく3つの型に整理した。1970年のことだ。
- 離脱(exit)
- 発言(voice)
- 忠誠(loyalty)
「離脱」はわかりやすい。組織のメンバーであることをやめること。言葉のポジティブな意味で逃げることだ。
「発言」もわかりやすい。組織のメンバーであり続けながら声を上げて中から変えていくこと。
それに比べて「忠誠」はわかりづらい。忠誠によって組織に潰されそうな状態をどう回避できるというのだろうか。むしろ逆の意味を帯びてしまいそうな雰囲気すらある。
こう考えるとわかりやすい。「忠誠」は来るべき「離脱」と「発言」の潜在的な威力を増すための準備なのである。上に書いたが忠誠の原語はloyaltyである。組織に対する関与度、コミットメントの度合いと言い換えることもできるだろう。
関与度の高いメンバーから面と向かって批判されたら、そして離脱を示唆されたら、組織は大きく動揺する。その力を蓄えるために必要なのが忠誠だ、という構図が浮かび上がってくる。
するとこういうことになる。まずは忠誠から入り、いざとなったら発言で揺さぶり、にっちもさっちも行かなければ離脱する。これが個人と組織の健全な関係を維持するための「離脱・発言・忠誠」というアイディアの根幹にあると思う。
その上で大事にしたいと思うことが3つある。最後に。
- 忠誠と従属を混同しない。発言と離脱への備えが自立の根幹にある。
- 発言と離脱はまず自分のために。加えてそれらが自分と同じ境遇にいる他人のためにもなる行為だと知ること。すると、少しだけ余計に勇気が得られる。
- たまたま自分が元気なとき、組織に対する忠誠を維持できているとき、隣にいる彼や彼女は崖っぷちかもしれない。そのことを想像することをやめない。
昨日と違う社会のあり方を想像できるか。深く悲しい出来事の中から、未来を変える強さを生み出せるか。離脱・発言・忠誠。自分に優しく、そして人間に優しく。
離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応 (MINERVA人文・社会科学叢書)
- 作者: A.O.ハーシュマン,Albert O. Hirschman,矢野修一
- 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
- 発売日: 2005/05
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プロフィール
望月優大(もちづきひろき)
慶應義塾大学法学部政治学科、
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