望月優大のブログ

見えているものを見えるようにする。

自分ではない誰かの人生のために。#ジモコロ熊本復興ツアー に参加して。

自慢の友だちについて書きたいと思います。3人います。本当はもっともっとたくさんいるんですが、まずは3人、この3人を紹介させてください。友だちであることを誇りに思うような、そんな3人です。

田村祥宏くんEXIT FILM

f:id:hirokim21:20160801201401j:plain

徳谷柿次郎くんジモコロ

f:id:hirokim21:20160801201437j:plain

野間寛貴くんLetters

f:id:hirokim21:20160801201448j:plain

この3人です。いい男たちですね。3人とも30代前半です。エネルギーが漲っています。

この3人に誘われて、先月熊本に行ってきました。南小国町にある黒川温泉というところです。世界的にも有名で、普段は予約を取るのも難しい温泉郷。でも、4月の震災以降予約がぱたりと止まってしまい、一気に経営が苦しくなってしまったそうです。

実は黒川温泉は早いタイミングで営業を再開していました。しかし、まだ余震が続いていて危険ではないかというイメージ、そして熊本に旅行に行くこと自体が「不謹慎」ではないかという空気のなかで、客足が止まってしまっていたそうです。

そんな黒川温泉を応援しよう、自分の影響力を使ってできる限りの応援をしよう、そんな気持ちで企画されたのが、ぼくも参加した #ジモコロ熊本復興ツアー だったというわけです。(ツアーの趣旨やそもそものきっかけについては多くを書きません。とにかくこの記事を読んでみてください。)

彼らが黒川温泉の皆さんと一緒になってものすごいがんばって準備してくれたツアー、とてもとても楽しかったし、真心がこもっていました。町長さんから、温泉旅館の皆さん、地元の皆さんのおもてなしが温かかった。ご飯がおいしかった。阿蘇の景色がきれいだった。温泉がきもちよかった。旅行先としてこれ以上何が必要でしょうか。最高です。

でも、これはツアー自体の趣旨には反してしまうかもしれないけれど、そしてとんでもなく大きな語弊があるかもしれないけれど、ぼくは自慢の友だちの影響が熊本や黒川を越えて広がってほしい、そう思いました。いきなり何を言い出すのか。待ってください。こういうことを言いたいんです。もう少しだけ聞いてください。

以前こういうブログを書きました。

人は誰しも一人で生きているわけではないから、他人がつくったものや他人の行為のおかげで生きていくことができる。食べるもの、住んでる家、歩いてる道、乗ってる電車、読んでる本、何でもいい、自分じゃない誰かがつくったものに囲まれて人生は進んでいく。

何かを買うということは取引である。親切にするということは贈与である。そして、取引は贈与ではない。だから、定義上、親切は買えない。そして、当たり前だが、親切は売れない。だから、これも当然なのだが、ほっておくと社会のなかで売り物はどんどん増えていくが、親切は勝手には増えず、むしろ減っていく。親切には対価がないからだ。(いい人が稀少生物のように見られる理由がここにある。対価がないのに親切を繰り出す人は普通ではないからだ。)

エジプトでおなかを壊し、地下鉄で思いっきり吐いてしまったとき、周りのエジプト人みんなが助けてくれた。みんなが自然と集まって声をかけてくれたり、ティッシュを渡してくれたりした。誰に命令されたのでもなく、大勢がそうしてくれたのである。こうした経験から、親切さというのは、とある一人のいい人の個人的な素質ではなく、社会的に共有されたカルチャーのようなものなのではないかと思っている。そして、最近、そのカルチャーを「ポジティブバイブス」と呼んでいる。一人で。

このツアーに参加した人でこういうことを思った人はいるでしょうか。「自分は黒川温泉だけを応援していていいんだろうか」。出ました、不謹慎の悪魔です。黒川温泉を苦しめた元凶の一つが不謹慎の悪魔でした。この悪魔はすーっと現れます。いつ出てくるかわからない。温泉につかっているとき、楽しくお酒を飲んでいるとき、マウンテンバイクで阿蘇の山を駆け抜けているとき。

いつだって、いつの間にか、この悪魔は自分の耳元に現れる。そして「黒川温泉"だけ"でいいのか」そう問いかけるのです。この問いは苦しい。ちっぽけな自分は一体何をしているのか。大した影響力もないのに、「社会に貢献している自分」に酔っているんじゃないか。この自分は一体何だ。

これは本当に本当に怖い問いです。人々を萎縮させ、もっと最悪なことに、無関心にする力があります。無関心は悩みをシャットダウンすることができるから。悩むことはつらい、暗い気持ちでいることはつらいことだからです。

ぼくが言いたいこと、それは「黒川温泉だけでいい」ということです。自分一人にできることは限られている。自分の力を注ぐ対象がなぜあの人ではなくこの人なのか、そのことを考えすぎる必要はありません。陳腐な言葉を使います。それは「縁」です。縁としかいえない。自分に助けられる人は限られている。そして、あの人ではなくこの人を助ける。それは縁としか言いようがないことです。そして、それでいい。

そして、だからこそ、3人の「黒川温泉を助けたい」この想いが、いやこのバイブスが別の人を勇気づけてほしい、そうして勇気づけられた人たちがまた別の温泉を、また別の街を、また別の人たちを勇気づけてほしい。それがぼくが願ったことでした。3人とは違った縁を持った人たちを、3人のバイブスが勇気づけてほしい。だから、この3人を多くの人に知ってほしい。そう思ってこのブログを書いています。

何と言ってもそんなバイブスに満ち溢れた男たちなんです。この3人は。だからぼくは彼らを誇りに思っている。こういう人の存在が社会にはもっともっと必要で、こういうバイブスの存在がもっともっと必要だ。そうじゃないですか。黒川も熊本もそれ以外も、全部全部助けるにはみんなで手分けするしかない。同じバイブスに貫かれた人たちが、それぞれの人生のなかで偶然出会った人たちをそれぞれ助けるしかないんです。そして、助けた人はきっと自分を助けてくれます。そんな関係性を社会のなかでいくつもいくつもつくっていかないといけない。

これが、ぼくが言いたかったことです。あとは、この映像を観てください。そして、できればシェアしてください。黒川を熊本を応援してください。そして、自分ではない誰かの人生のために、ポジティブバイブスを振りまきながら、小さくてもいいから、自分にできることを考えてみてください。情報よりもバイブスです。バイブスを振りまいてください。かっこいい大人とはそういうものじゃないですか。そうぼくは思っています。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき)

f:id:hirokim21:20160416231841j:plain

慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
Facebook hiroki.mochizuki