望月優大のブログ

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パナマ文書問題を見る視点② 底辺への競争

一昨日パナマ文書問題を考える前提として、タックスヘイブン問題の構造を簡単にまとめた。そこでは、資本のグローバルな還流に対する国家権力の徴税能力の限界ということを書いたのだが、国家が自らの徴税能力を強化する(例えば移転価格税制を取り入れる)こと以外にやっていることがある。それがいわゆる「底辺への競争 Race to the bottom」だ。

底辺への競争とは、市場から生み出される資金を出来るだけ多く自国内に滞留させるために、各国が企業にとって良い条件を提示しようと、法人税や労働基準、環境基準等の引き下げを競い合う状況のことである。

『21世紀の資本』の著者、トマ・ピケティもパナマ文書に関する寄稿記事のなかで法人税の引き下げ競争から脱却する必要を論じている。直訳調で読みにくいかもしれないが、原文併記で紹介する。

ヨーロッパにおいて、大企業の利益に対する税制についての財務当局同士の競争が新たな高みに達した。イギリスは法人税率を17%まで引き下げようとしている。主要国家においては聞いたことのない水準だ。イギリスは同時に、英領バージン諸島や英国王室が保有するその他のオフショアセンターにおける略奪的な行いも引き続き守り続けている。もし何もなされなければ、最終的には私たちはみなアイルランドの12%に合わせていくことになるのだろう。あるいは0%、いや投資に対して補助を出すところまで行くかもしれない。現在でも時々なされているように。

Exacerbated fiscal competition on the taxing of profits of big companies has reached new heights in Europe. The United Kingdom is going to reduce its rate to 17%, something unheard of for a major country, while continuing to protect the predatory practices of the Virgin Islands and other offshore centres under the British Crown. If nothing is done, we will all ultimately align ourselves on the 12% of Ireland, or possibly on 0%, or even on grants to investments, as is already sometimes the case.

ピケティが言っていることの意味を正確に理解しよう。ここで重要なのは、法人税の引き下げ競争が、資本主義的なルールに則ったある種「反国家的」な振る舞いではないということだ。底辺への競争はあくまで、国家が自らの利益を最大化するために行うものであって、一瞬矛盾するように見えるかもしれないが、自らの利益を最大化するために、企業への課税を減らすのである。

底辺への競争の背景には国内産業を守るための保護貿易と本質的に同じ論理が流れている。自国の国益を考えるがために、法人税の切り下げ競争をしなければならないという構造がそこにはある。政治家や役人が企業から裏で金をもらって減税をしているという、そういうわかりやすい話ではないのである。

象徴的なことに、かつて日本株式会社の親玉といわれ、戦後国内産業を成長させるための保護貿易を推進してきた経産省は、今では法人税率引き下げ論の急先鋒となっている。平成28年度税制改正に関する要望の一番目が、まさにその問題にあてられている。

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これまでの引下げ経緯。国際水準に比べれればまだまだ低いという主張。

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法人税を引き下げないと企業が国外に出て行ってしまうという主張。

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法人税を引き下げないと国外から日本への投資が伸びないという主張。

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一つ一つのスライドを細かく論じることはしないが、ここに流れているのは、まさに底辺への競争の論理である。何度も書くが、これは日本だけがやっていることではなく、各国が競い合うようにして、お互いの税率を見ながら法人税を引き下げ合っているのである。近著『サイロ・エフェクト』でも知られるジリアン・テットも、パナマ文書へのアメリカの対応について触れたFT紙の記事のなかで「国の法人税率を競争力あるグローバルな水準(例えば25%)に引き下げる一方、税の抜け穴をふさぐ包括的な改革案を進める方が望ましい」と論じている。

そして、話をパナマ文書に戻すならば、法人税ゼロ%の極北地点として世界に散らばっているのが、まさにタックスヘイブンやオフショア市場と呼ばれる国や地域なのである。どの国がタックスヘイブンかを名指しした1998年のOECDの報告書も「有害な税の競争」報告書と名付けられていた。ピケティが「最終的には私たちはみな0%まで行ってしまう」と危機感を表していることの意味は、タックスヘイブン以外も含めた一つ一つの国家が、自国の利益を最大化するための底辺への競争を行うことによって、結局誰も幸せにならない状況が生み出されてしまうのではないか、ということなのである。

ピケティは、国家同士が競争するのではなく、むしろ協調することによって、この危機を脱出することができるのではないかと論じている。先ほどと同じ記事から該当部分を紹介しよう。

良いニュースは、現在の政治的な行き詰まりから抜け出す道はあるということだ。もし、ユーロ圏のGDP及び人口の75%を占める4カ国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)が民主主義と財政的な正義に基づく新しい協定を締結し、同時に強力な手段として大企業に対する共通の税制を適用すれば、ほかの国々も追随するしかなくなるだろ。もしそうしなければ、彼らは世論による透明性の向上という長年の要求に応えていないことになり、制裁を受けても仕方ないだろう。

The good news is that there is a way out of the current political impasse. If four countries, France, Germany, Italy and Spain, who together account for over 75% of the GDP and the population in the eurozone put forward a new treaty based on democracy and fiscal justice, with as a strong measure the adoption of a common tax system for large corporations, then the other countries would be forced to follow them. If they did not do so they would not be in compliance with the improvement in transparency which public opinions have been demanding for years and would be open to sanctions.

どの範囲で国家同士が協調するか(ユーロ圏内か、あるいはもっと広い範囲でか)や、具体的にどのような方法で協調するかには議論の余地があるだろう。しかし、ピケティの危機意識そのものを共有しないことはかなり難しい。高齢化が進むなかで、保育、介護、年金、医療といった社会保障の必要性は高まるばかりだ。社会保障需要に応えるために財政規模はふくらみ、財政赤字は拡大している。そのまっただなかで各国は法人税の引き下げ競争を行っているのである。 

国家同士が並び立ち、世界政府のような上位の権威がない世界経済のなかで、国家はそれぞれの利益を追求した結果その利益を失っていく構造にある。国境を前提とした徴税権の限界という問題があるなかで、激化する底辺への競争がさらなる拍車をかけてしまう。そうした状況を変革していくためには、国家同士がどのように協調し、自らの利益、いや自らの国民の利益をお互いに守り合うことができるか知恵を出し合う必要がある。

同時に忘れてはならないのが、政策技術的な知恵だけではなく、ピケティの引用文の最後にもあった通り、公正な税制を要求し続ける世論(public opinions)もまた絶対に必要であるということだ。各国の市民が各国の政府に対してこうした要求をし続けることのなかにしか、政府同士が協調する可能性はないだろう。放っておいたら底辺への競争は際限なく続いていく。止めたいと思うなら、声をあげる必要があるだろう。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき)

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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