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HIROKIM BLOG / 望月優大の日記

見えているものを見えるようにする。

ゆるい喫茶店の話

ESSAYS ECONOMY
 

ゆるい喫茶店が好きです。確実に昭和からあるんだろうなって思わせるメニューや内装のお店が、街の片隅にひっそり残ってることありますよね。「喫茶○○」とか「○○珈琲」みたいな名前だったりして。あの雰囲気が好きです。

 

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こういうお店って食べログの点数が低かったり、その結果というわけでもないんでしょうが割とガラガラで、それがまた落ち着いたりします。逆に言えば、食べログの点数が高くて混雑しているお店は長居がしづらいというか、2時間もいたら迷惑なんじゃないかって緊張してしまうので、何回も行こうとは思わないというか。

 

ただこの「ゆるさ」っていわゆる「労働生産性」的な考え方とは真逆なので、そこが難しいところです。どんなお店でも、ビジネスとして長く続けられる条件は、人件費を中心としたコストに対してなるべく多くの利益を上げること。そしてそれは、なるべく多くの客数、なるべく高い単価、なるべく高い回転率という話にどうしてもなっていきます。

 

そうした考え方を追求するということが、労働生産性を追求するということです。お店や小売店の世界において、それはスタバとかマックの世界なんですよね。なるべく多くの客数。なるべく多くの単価。こうした原理に貫かれている社会に生きていると、客であっても、店の気持ちを慮って、「早く出た方がいいのかな」とか「もうちょっと頼んだ方がいいのかな」とか考えてしまう。

 

ゆるい喫茶店の良さはそうした感覚が薄いこと。そういうことを気にしてないんだろうなあと感じさせること。そのゆるさにほっとさせられます。でも、繰り返しになりますが、労働生産性という観点からするとそれではダメだということになってしまう。

 

日本の産業に占める第三次産業、すなわちサービス産業の割合がどんどん多くなっています。そして、他の先進国に比べて日本のサービス産業の労働生産性が低いということが言われている。特別な産業を持たない地域においては、人々の一般的なニーズを満たす様々なサービス業(食事、理美容、宿泊、買い物 etc)が、働く場所、お金を得る場所になってきます。その労働生産性が低いということは、そこで働く人たちの賃金が低いということ、生活水準が低いということに直結する。

 

なんでゆるい喫茶店は空いてるんですかね。自分はとても好きなのですが、空いている。近くのチェーン店のほうがよっぽど混んでいたりする。というか空いているからゆるいのかもしれません。でも、空いているままだと、たぶんお店をやり続けることはできなくて、どこかでつぶれてしまうかもしれない。

 

この状況に対して抗うのってとても難しいことだと思います。そもそも抗うべきなのかもわからない。資本主義の考え方に従えば、「つぶれる店はつぶれる」。そして、そこに抗おうとする人は、「その店をつぶすべきではない」という。でも、それはエゴ以外のどんな観点から主張可能なのでしょうか。

 

「自分だけが好きなもの」を、「みんなにとって良いもの」だと宣言して保護を求めること、それにみんなが納得する理由を見つけるのは実は結構難しいです。でも、この手のことを「いいことをしている」というマインドでやっている人は結構多い気もする。

 

逆にゆるい喫茶店を「儲かるようにする」方向性を探る人もいるかもしれません。ブルーボトルが日本の喫茶店をモチーフにした云々という話も聞かれますが、まあゆるい喫茶店の見た目をしたスタバだなあとも思います。結局底流に流れる論理に人は気づきますから。

 

お店側がやりたいようにやる自由はあります。でも、つぶれそうなゆるい喫茶店を、その店に好きで通っているだけの客の側から守る論理や方法を見つけることはたぶんかなり難しい。そんなことを考えていました。もやもや。