望月優大のブログ

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ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

先日のアメリカ大統領選でドナルド・トランプが勝利したという出来事について、アメリカにおける人種・エスニシティの問題、そして移民問題という視点から振り返ってみたいと思います。

そうするのは、それらの問題がこの選挙において最も根本的であると私が考えているからであり、ジェンダーや所得、居住地域など、他にもありうる幾つかの視点の一つという位置付けではありません。最も根本的な意味で、この選挙において重要だったのは人種・エスニシティであり、移民の問題であったと私は考えています。

この記事では以下の順序で話を進めていければと思います。

  1. 誰がトランプに投票したのか?
  2. 白人の民主党離れとクリントンが勝てなかった理由
  3. ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

少し長くなりますが、お付き合いいただけたら嬉しく思います。

1. 誰がトランプに投票したのか?

トランプ勝利のニュースの後、色々な人たちがトランプ勝利の考えられる要因について色々なことを述べているのを見ました。典型的には「田舎に住む低学歴で貧乏な白人男性労働者の怒りがトランプを生んだ」という診断があったように思います。

しかし、これは何となくわかったようでよくわからない話です。何しろ、田舎(居住地域)、低学歴(学歴)、貧乏(所得階層)、白人(人種・エスニシティ)、男性(ジェンダー)、労働者(職業)といった要素がすべて含まれていて、複雑な掛け算になっているからです。

結局どんな人たちがトランプとクリントンのそれぞれに投票をしたのでしょうか。ちなみに、それらの人々を「ヒルビリー」といった言葉で一まとまりの実体として見るような視点も提案されましたが、彼らが一体何人いて、どこに住んでいるのかはよくわかりません。

日本でもしばらく前に「マイルドヤンキー」という言葉が主に企業のマーケティング的な観点でもてはやされたことがありましたが、それと位置付けとしては似た言葉のようにも思えます。診断として正しいかどうかという問題以前に、人によって言葉の定義がバラバラで、起きていることを正確に理解するのには邪魔になってしまう可能性があります。わかりやすくするための言葉が本質を見えづらくしてしまうことはよくあることです。

私の考えを先に言ってしまえば、最も重要なのは「人種・エスニシティ」でした。それは、例えばCNNの出口調査の結果を見てみると一目瞭然になります。CNNの調査については、アンケート方式であるため誤りや嘘の可能性があること、サンプル調査であるため全数調査よりは誤りが含まれる可能性があることなど、いくつか留保が必要ですが、24537サンプルという数の多さなどから一定程度信頼して良い調査かと思っています。

まずは人種についての調査結果を示したこのグラフを見てください。

<人種>

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まずグラフの見方ですが、「70% white」というのは、回答者の70%を占める白人という意味です。そして、その白人回答者のうち、青=クリントンに投票したと答えた人が37%、赤=トランプに投票したと答えた人が58%ということが示されています。ここからいくつかのことを見て取ることができます。

まず、投票者のうち30%が非白人ととても多くの割合を占めているということ。これはアメリカがいかに多様な人々によって構成された国家であるかということを示しています。次に非白人の多くはクリントンに投票し、反対にトランプへの投票者のほとんどは白人であるということがわかります。

これはトランプとクリントンの特殊性というよりは、近年の共和党と民主党のそれぞれの大統領候補に共通する特徴です。現代のアメリカでは言わば共和党は白人の政党、民主党は非白人の政党となっているのです。ただし、民主党においてもいまだ白人からの投票が半数以上を占めていることは忘れてはいけません。

次に、ジェンダー、年齢、所得、学歴の調査結果を見てください。人種と異なり、トランプとクリントンの間にそれほど劇的な差がないことがわかると思います。もちろんトランプの方が男性投票者が多いとか、クリントンの方が若年の投票者が多いといった「傾向」はあるのですが、先ほど見た人種による傾向の方がはるかに顕著です。

<ジェンダー>

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<年齢>

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<所得>

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<学歴>

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こうした傾向から言えることは、人種・エスニシティがトランプとクリントンを分ける最も顕著な軸であったということです。エコノミスト誌の同様の調査でもそのことは見て取れます。青と赤に顕著な差が見られるのは(もちろん支持政党を除いて)何よりもまず人種なのです。

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次に注意しなければならないのは、人種が最も重要な軸であることは今回の選挙のみに当てはまることではなく、近年の選挙においてはむしろ普通であるということです。トランプが勝ったことで考えられない地殻変動が起きたというような声も聞かれましたが、彼が勝ったことによる帰結は一旦置いておいて、彼が勝った「勝ち方」については、いつもの共和党と基本的に同じであったと言って良いと思います。非白人ではなく白人の支持を集めることで勝つ、それが共和党の勝ち方の基本です。

 

2. 白人の民主党離れと「クリントンが勝てなかった理由」

こちらのグラフを見てください。上が民主党投票者、下が共和党投票者です。オレンジの線が白人の割合を、青い線が非白人の割合を示しています。

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2012年ワシントンポスト記事より ※西山隆行『移民大国アメリカ』52頁に引用されている)

一目見て分かる通り、民主党投票者に占める非白人の割合はどんどん高まっています。2012年の選挙では白人56%、非白人44%と半数に迫る勢いです。反対に共和党投票者に占める非白人の割合は微増しているものの依然としてかなり低く、2012年の段階でも白人89%、非白人11%という状況です。

問題はこのグラフの数値をどう解釈するかです。よくある解釈は民主党が非白人からの支持を集めているというトレンドは中長期的に民主党に有利である、というものです。しかし、この解釈は二つの前提に基づかなければ成り立ちません。

一つは全有権者に占める白人と非白人の比率が変化し、非白人の比率が大きくなっていくだろうということ。これについては、実際アメリカ国勢調査局の長期予想でもそうなっていくとされていますし確からしさがあります。

もう一つの前提は、白人全体に占める共和党投票者と民主党投票者の比率が変化しないだろうというものです。二つの前提を合わせるとこうなります。有権者に占める非白人の比率が高まることは民主党に有利に働く、ただし民主党が白人の支持を失わないならば

そして、このただしの部分については留保が必要です。なぜならここ20年ほどの間に、白人の多くは民主党ではなく共和党に投票するように大きく変わってきているからです。

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(西山隆行『移民大国アメリカ』83頁)

つまり、民主党が非白人に人気があり、そして非白人の有権者数が増えていったとしても、同時に民主党が白人からの支持を失ってしまえば共和党が勝つ可能性は残ります。もちろん有権者に占める非白人の割合が今よりさらに増えていけばその可能性はどんどん減っていくわけですが、短期的には必ずしも民主党有利とは言い切れないわけです。

さらに、もう一つの要素として見逃せないのが投票率です。自らの支持層の投票率が相手の支持層の投票率より低かったり高かったりした場合、勝敗に大きな影響が出るのは当然のことです。実際、2008年と2012年にオバマが勝った選挙を見てみると、通常時より黒人の投票率がかなり高かったことがわかっています。

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United States Election Projectより)

まとめます。民主党支持者が多い非白人が増加していくという中長期的なトレンドが変わらないなか、2008年と2012年にオバマが勝つことができ、2016年にクリントンが勝つことができなかった理由として考えられるのは以下の3つです。

  • 仮説1)白人の支持を一層失った
  • 仮説2)非白人層、特にヒスパニックの支持を失った
  • 仮説3)民主党支持層(特に黒人)の投票率が低かった  

それぞれについて簡単に考えを書いてみます。 

仮説1)白人の支持を一層失った

改めてCNNの調査結果を見てみると白人の58%がトランプに投票しています。民主党を伝統的に支持してきたブルーワーカーが共和党に移ったのではないか、という仮説をよく聞きますが、この数値は先に紹介した白人全体に占める共和党への投票率の近年の数値からそれほど離れているわけではありません。これが真因だと言える数字かと言われるとよくわからないというのが正直なところです。

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仮説2)非白人層、特にヒスパニックの支持を失った

次に非白人層、特にヒスパニックの動きですが、上のCNNの調査をみるとヒスパニックの29%がトランプに投票しています。これは低くはありませんが、高くもない数値です。レーガンやジョージ・W・ブッシュ時代にはヒスパニックの35~40%が彼らに投票し共和党の大統領が生まれています。トランプは不法移民に対して厳しい発言を繰り返しているので、それほど高くならなかったのではないかと思います。

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(西山隆行『移民大国アメリカ』53頁)

仮説3)民主党支持層(特に黒人)の投票率が低かった 

最後に投票率です。これもCNNから数字が出ています。ただし、人種・エスニシティ別の投票率はまだ出ていないと思います。

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2008年と2016年の投票率を比較するとわかりやすいのですが、全体の投票率は63.7%から55.4%に8.3%下がっています。2008年の選挙の盛り上がりがよくわかる変化です。政党別に見ると、2008年から2016年にかけて特に民主党候補に対する投票率の低下が著しく、33.7%から26.5%へと7.2%も低下しています(共和党は2.8%の低下)。

もちろんこれだけでは、民主党の支持層がトランプに移ったのか単に投票に行かなかっただけなのかを判断することはできませんが、先に触れたオバマ時代(2008年、2012年)の黒人の投票率の高さを見ると、今回も彼らが同様の働きをしたかどうかは気になるところです。

 

3. ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

ここまではあくまで人種・エスニシティ別の投票行動という観点からトランプ勝利の要因について頭の整理をし、アメリカ政治における人種・エスニシティ要因の重要性について考えてきました。ここでは、もう少し視点を上げて、今という時代にトランプが勝ったことの意味、そしてそれがアメリカ以外も含めた様々な社会における人種・エスニシティ、そして移民の問題とどのような関係にあるか、少し考えてみたいと思います。

今回の選挙については今年6月のBrexitとの類似性を見る意見も多くありました。それは国民が参加する選挙を通じて、移民に対する取り締まりの強化や入国管理における国家主権を強調するような政治判断が示されたということにその類似を見て取るものだったと思います。また、イギリスに限らず、ヨーロッパ各国でいわゆる「極右政党」が勢力を伸ばし主流政党を脅かしている、そうした状況に対する漠然とした懸念も背景にあるのではないでしょうか。

しかし、アメリカにおけるトランプの勝利はヨーロッパで起きていることよりもさらに一歩深いところまで踏み込んでいるようにも思います。というのも、ヨーロッパにおいては、「イギリス独立党」、「フランス国民戦線」、「ドイツのための選択肢」など、あくまで主流政党の外側から勢力を伸ばす形が多いなか、アメリカではトランプが共和党を外から乗っ取るような形で主要政党のリーダーになってしまった。そしてまさか民主党のクリントンを相手に大統領選で勝ってしまった。ナイジェル・ファラージやマリーヌ・ルペンのような人間がアメリカの大統領になってしまったのです。

これまで、ヨーロッパにおける極右政党の存在はある種のガス抜き、中道右派や中道左派の政権政党にとって目の上のたんこぶではあれど、本当の意味での脅威ではないと認識されていたと思います。ガス抜き的な扱いであれば、彼らの憎悪や偏見に満ちた言葉も「一部の変わった人たちが言っていること」で済んだかもしれません。

しかし、トランプの勝利によって、私たちは本当に何が起きてもおかしくないという時代に突入したのではないでしょうか。アメリカで広がるヘイトクライムのニュースを目にするたびに、もはや過去の人々が少しずつ積み上げてきた本音と建前の境界線がぐらぐらと、しかもものすごいスピードで揺らぎ始めていることを感じます。

トランプ的な戦略は非常にシンプルで、ファラージやルペンと多くのものを共有しています。それは、グローバリゼーション下での低成長と国内格差の拡大を移民や難民のせいにすることで政治的正統性を勝ち得ようとするという戦略です。

日本の現状を見ればよく分かる通り、移民がいるかどうかにかかわらず、高度成長期の後、低成長のフェーズに入った社会を国家が十分に支えていくことは財政など様々な観点で非常に難易度が高いという現実があります。多くの先進国では同時に少子高齢化が進行し、国家が支えるべきとされる弱者の数はどんどん増えていきます。

こうした状況の中では、正攻法で人々から政治的正統性を得ることがとても難しくなります。国家を大きくして多くの人を支えようとすれば財政に大きな負担がかかり現在と未来の国民に対して大きな負担を求めざるを得ません。逆に国家を小さくして財政の負担を軽減しようとすれば多くの弱者を切り捨てることになります。

両路線ともに、国民の誰かを敵にしてしまい、選挙で勝つことが難しくなります。左右の中道政党がその中間を縫うような政策に収斂していくのはこうした事情を象徴していると思います。しかし、中間であることもまた、「わかりやすさ」や「新しさ」を欠き、世界中でマンネリ化が進行しているのではないでしょうか。

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トランプ支持者の83%は「変化をもたらせる」という資質を大統領に求めている(CNN

こうした時代背景の中で、福祉国家を維持する路線を取るにしても、新自由主義的な路線を取るにしても、人々からの政治的正統性を得るために、すなわち選挙で勝つためには、攻撃しやすい外部、あるいは現在の困難の責任を被せることができる他者の存在を仮構することが得策になってしまう、そうした時代に私たちは突入していると言えます。

これはより大きな視点で見れば民主主義の中で人権を現実的に保障することの困難にどう向き合うかという問題であり、1789年のフランス人権宣言が単に「人間の権利」ではなく、「人間と市民の権利の宣言 Déclaration des Droits de l'Homme et du Citoyen」と二重化されていることに現れる根源的な問題にどう向き合うかという問題です。

「人間の権利」は「人間」であるだけでなく同時に「市民」でなければ与えられない。そこには「市民とは誰か」というポリティクスが発動する構造が常にすでに埋め込まれています。そしていま世界中で、民主的正統性を得るために、「市民」をより多くの「人間」に開いていく試みが無用であり、むしろ有害であるものとして忌避するような政治運動が力を得ているのです。

記事の冒頭で人種・エスニシティ・移民の問題が根本的であると述べたのにはこうした理由があります。

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「ドナルド・トランプの勝利は新しい世界をつくるためのさらなる一歩になる。」

フランス国民戦線党首のマリーヌ・ルペンがBBCのインタビューに答えてそう述べています。彼らが見ている「新しい世界」とはどんな世界なのでしょうか。そして彼らが見ている世界とは別の世界を具体的に構想することはどのようにしたら可能なのでしょうか。

いま、世界中でそのことが強く問われていると思います。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
Facebook hiroki.mochizuki