望月優大のブログ

見えているものを見えるようにする。

「難民は気持ちの悪い害虫だ」とドイツの政治家は言った。

ニューヨークで難民サミットが行われたという。
冷戦が終わって世界が平和になるかと思えた時期があった。それから25年以上が経ち、内戦や紛争で住む場所を離れる人の数が6500万人まで急増する人道危機の時代を私たちは生きている。

難民受け入れに取り組んできた一つ一つの国は、国内からのバックラッシュに悩まされている。国内での格差が拡大する中、新たな外部を受け入れる必要も余裕もないと、国内の弱者たちが排斥を訴えている。

メルケル首相は「われわれは成し遂げられる」というスローガンを一年で降ろした。「ドイツのための選択肢 Alternative für Deutschland (AfD)」という右派政党が急伸し、もはや内政が持たないと判断したからだろう。

いま、国連に代表される「超国家的な連携」という人類の夢が危機に瀕している。人々が気づかないうちに、その危機は二つの形で静かに進行している。一つは連携の主体であるべき国家それ自体が次々に不安定化、崩壊し、その後を引き継ぐ安定的な政府を作り出せないという形をとって。そして、もう一つは超国家的な連携それ自体に対する各国市民からの不信が日増しに強まっているという形をとって。

この不信には長い歴史がある。今回の難民サミットの開催を呼びかけたアメリカ自身、ブッシュ息子時代に国連を介さない単独行動主義=有志連合でイラク戦争を強行したことを覚えている人はいるだろうか。そしてまさにこのイラク戦争こそが、アラブの春による地域秩序の弛緩を伴って現在のシリア紛争そして、イラクとシリア双方におけるISの台頭の遠因となっている。

国連だけではない。EUに対する各国の不信の高まりも同じ文脈にある。世界がグローバルにつながっていく、自分の生活に対して及ぼされるグローバルな影響が強まっていく、そのことに耐えられないと感じる人々が増えている。なぜEUなどというものが作るルールに従い、金を払わなければいけないのか。なぜ異国から訪れる人々に雇用を奪われ、文化を壊され、生活を脅かされなければならないのか。

フランス国民戦線の党首マリーヌ・ルペンはこう言った。「大規模な移民と多文化主義はEUが生み出したものです。」そして「私たちは自由なフランスを欲しています。自らの法律とマネーの支配者であり、自らの国境の番人であるような」とも。超国家的な連携から脱することが、かつては自らの手中にあった完全無欠の自由を回復する、その感覚が移民や難民の排斥を訴える声のすぐ隣にある。

国連総会に合わせてニューヨークで開かれた難民サミットは、アメリカのリーダーシップのもとに36万人の難民受け入れを確認した。これが、ドイツで、フランスで、その他の様々な国でどのように説明され、どのような反発にあうだろうか。

つい先日のベルリン市議会選で当選したAfDの政治家がFacebookで「難民は気持ちの悪い害虫だ」という書き込みを書いていたことが明らかになった。このKay Nerstheimerという52歳の議員はこの投稿以外にもナチス時代を賛美するような発言を度々行っていたという。

私はドイツ語が読めないが、以下の英語記事に今は消去されたという今年1月のFacebook投稿のスクリーンショットが掲載されており、そこでは難民について「ドイツの人々が生み出した果実を食べる寄生虫 (the parasites that feed on the juices of the German people) 」と書かれているという。

私たちが生きているのはこうした時代である。人々の代わりに「本音を言う」政治家が暗い支持を集め、かつては理想主義を掲げた指導者がその勢いに慄き「われわれは成し遂げられる」というスローガンを降ろす。人道危機のコントロール、その危機によって生み出された難民の受け入れ。その両面において国民国家間の超国家的な連携が無力を示す中、その超国家的連携への嫌悪の感情が国家の器をどんどん小さくしていく。

私たちはどこから来て、どこへ行くのか。本音を言ってさえいれば、私たちは幸せになれるのか。自信に満ちて本音を言う人たちが、私は怖い。

プロフィール
望月優大(もちづきひろき) 
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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
Facebook hiroki.mochizuki

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