望月優大のブログ

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池内恵『イスラーム国の衝撃』を読んだ

Facebookで日々迫力ある投稿をされている池内恵先生の新著。イスラーム国だけでなく、アル=カーイダに連なるグローバル・ジハードの系譜も含めてわかりやすく整理されており、今読むべき本だと思います。おすすめします。 

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

 

 

私的まとめ

  • イスラーム国がこのタイミングでなぜ可能になったかが非常にわかりやすく説明されている。イスラーム国を可能にした要因には、思想的要因と政治的要因と整理される2つの要因があり、前者はアル=カーイダに連なるグローバル・ジハード運動の系譜を、そして後者はアラブの春以降の政治変動、政治秩序の揺らぎをそれぞれ指している。
  • イスラーム国のプロパガンダは、手法は別にして内容としては特別真新しいものではなく、むしろイスラームの教義を直接参照している。奴隷制にしても、あくまでありえる範囲内の解釈でしかなく、イスラーム内部からその教義を根本的に否定しうる理路はない。関連して、イスラームの一般的な教義がグローバルに共有されているという前提があるため、80カ国もの国からの自発的な参加者が集まるということが起きる。
  • アラブの春によって生じた政治的空白は非常に大きく、これが2014年にイスラーム国が出現した直接的要因となっている。具体的には、イラク北西部のスンナ派地区を震源とし、陸続きになっているシリア北部がその後背地となる、という構造を指す。政治的空白は、無秩序や暴力といった不確実性の温床であり、非常に歪んだものであれ、そこに秩序をもたらすイスラーム国を受け入れる地元という構造がある程度ありうることも念頭におくべき。

 

感想

  • 問題を発生させる構造的要因を整理しようとする書き方にとても共感した。また、構造的要因を解決せず、一現象としてのイスラーム国を排除してもまた似たようなことが起こるという問題意識にも共感した。特に、ケリー米国務長官が言う「統治されない空間 ungoverned spaces」の広がりは、中東以外の地域でも起きており、世界的に大きな問題となっている。廣瀬陽子先生の「未承認国家」という問題提起ともシンクロしていると感じた。
  • イスラーム教を共通の典拠とする以上は、穏健な解釈と過激な解釈のは、どこまでいっても「見解の相違」として平行線を辿る。(中略)過激派の行動を実力で阻止してきたのは、各国の独裁政権であり、その統治の不正義や暴虐こそが、過激派を生み出す根本原因ともなっている。独裁政権の暴力に頼っている限りは、過激派の発生は止まず、かといって過激派の抑制には、独裁政権を必要とする。このジレンマにアラブ世界は、疲れ切っている。 p171
  • 新書という形式で緊急出版したことの意図がむすびに説明されており、とても共感した。膨大な情報もわかりやすい整理とともに読者に届かなければ理解されない。専門家の役割とは。
  • 英語のインターネット空間に広がった膨大な公知の事実は、それを適切に引照し議論する専門家集団を中核とする、成熟した市民社会に共有されることで意味を持つ。日本にそのような市民社会はあるのだろうか。日本には一般論の水準では世界各地の情勢や文化に関心を抱く、好奇心の旺盛な中間層が、世界の他の国と比べても多くいると思う。新書の読者はまさにそのような層だろう。ただし、一般論を超えて、専門家の自由で多元的な議論を経た共通の知が、安定して組織的に形成され、公的な判断と意思決定に適切に生かされていくシステムは、技術発展によって成立した新しい情報空間に見合う形では、まだ整っていないように思われる。 p228-9  

未承認国家と覇権なき世界 (NHKブックス No.1220)

未承認国家と覇権なき世界 (NHKブックス No.1220)

 

  

目次

  1. イスラーム国の衝撃
  2. イスラーム国の来歴
  3. 甦るイラクのアル=カーイダ
  4. 「アラブの春」で開かれた戦線
  5. イラクとシリアに現れた聖域ーー「国家」への道
  6. ジハード戦士の結集
  7. 思想とシンボルーーメディア戦略
  8. 中東秩序の行方