望月優大のブログ

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映画評『ラッカは静かに虐殺されている』

試写で『ラッカは静かに虐殺されている』(原題:CITY OF GHOSTS)を観た。一般公開は4/14からとのことだ。観た方が良い。

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映画の邦題「ラッカは静かに虐殺されている」は、ISの首都となったシリアの都市ラッカの状況を発信する市民グループの名前「Raqqa is Being Slaughtered Silently(RBSS)」を日本語に訳したものだ。

「静かに(Silenlty)」という言葉には、ISによって市民の情報発信が著しく統制され、それをくぐりぬけようとする者は命の危険に晒されるというニュアンスが込められている。実際にRBSSのメンバーや家族はその活動の代償として何人もが命を落とした。

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ISによる統治の根幹には「情報の統制」がある。人間に対しても、都市に対しても、その姿勢は共通している。外部との関係性を断ち、情報も断つ。外部からの情報入手を妨げ、外部への情報提供を妨げる。

支配領域の内部に対しても、外部に対しても、ISは自らの都合に合わせたプロパガンダだけを浴びさせられるような状況作りに腐心する。内部からは支配に対する忠誠を、外部からは新兵の候補者を、調達しようとする。

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ISがつくる映像の技術的なレベルの高さは相当なものだ。それは外国人を含めて多くの映像制作者が彼らに技術を提供していることを意味する。

RBSSの活動は、こうした情報の統制に風穴を開けようとする。現地の取材者が命を賭して撮影した写真や動画、「静かに進む虐殺」への抗議はこれらの情報をSNSを通じて世界に向けて発信するという形を取る。

それは、シリアやラッカの惨状に無関心な世界に対する、静かな抗議にもなっているだろう。

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RBSSは彼らが実際に通過した死の危険の結果として、「ラッカに残った者たち」と「トルコやドイツに逃れた者たち」に分かれ、それぞれが互いに情報をやり取りし連携するという形を取ることになった。

「ラッカの中に残った者たち」は匿名で写真や映像を撮り続ける。そこでは自分たちの故郷をスマホのカメラで写真に納めることが罪となり、彼らの日常は盗撮の緊張感を常に帯び続けることになる。

この盗撮は見つかったが最後、即座の死を意味するようなそれだ。

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彼らと緊密に連携しながら、「トルコやドイツに逃れた者たち」は日々現地にてかき集められる情報の発信源となる。シリアの外で、彼らは自らの名を明かしながら活動をする。

しかし、それはシリアを出たからといって彼らの身の安全が確保されているということを意味するわけではない。ISによるRBSS殺害の呼びかけに共鳴し連動する人々はそこかしこにいて、RBSSに関わった者たちが実際に殺されてもいる。

脅迫の知らせも、日々届いている。

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印象に残った言葉があった。

多くの子どもたちがISの兵士として育て上げられていく様子を伝えるシーン。無邪気な笑顔の子どもたちが、大人のIS兵士と一緒に街を歩く映像が流れる。その映像に被さるような形で、RBSSのメンバーが放った言葉だ。

ラッカでは日常がキャンプと化している。

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そこでは軍事キャンプの緊張感が日常を支配している。日常であればありえなかったはずのことが、日常の中で当たり前のようにして起こってしまう。日常であれば簡単にできたはずのことが、命を奪われるほどの大罪として扱われてしまう。 

そのありえなさ、意味のわからなさを伝えるためにこそ、RBSSは命をかけて情報を届けようとする。誰に?私たちにだ。

恐怖と日々戦いながら。そう言葉にすれば簡単だが、彼らの身体的な震えや嗚咽が、映像を通じて実際にそこにある恐怖の深度を訴えかけてくる。

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この映画の最も恐ろしい点は、RBSSの活動、彼らを取り巻く恐怖、そして何よりもシリアでの惨状が現在進行形(Being)であり続けているということだ。

この映画はよく出来すぎていて、あたかもそれがフィクションであるかのように錯覚をしてしまうかもしれない。あるいは、「過去になった出来事」を扱ったドキュメンタリー作品であるかのように、見えてしまうかもしれない。

だがひとたびRBSSやそのメンバーたちのSNSを見れば、彼らの活動が今日も明日も変わらず続いているという圧倒的な事実を突きつけられることになる。シリアの惨状とともに、彼らの活動は更新され続けているのだ(RBSSのウェブサイト)。

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ISの支配はひと時と比べてその規模をだいぶ小さくしたと言われている。

しかし、その情報と入れ違いになるかのように、アサド政権による東グータへの攻勢が勢いを増し、その戦闘の中で多くの人々が命を失い続けている。

内戦の開始から7年がたった今もなお、あらゆることが過去になっていない。

 

Raqqa is Being Slaughtered Silently. 

ラッカは静かに虐殺されている。

 

 

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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ライター・編集者。株式会社コモンセンス代表取締役。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。BAMPで2本の連載(旅する啓蒙・社会を繕う)を執筆しつつ、現代ビジネス等にも寄稿している。経済産業省、Google、スマートニュース等を経て独立。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(地域文化研究専攻)。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年生まれ。

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