望月優大のブログ

見えているものを見えるようにする。

名門大学の卒業生に向けてオバマが語ったこと。

オバマ大統領が名門ラトガース大学の卒業生に贈ったスピーチが素晴らしかったので紹介します。既出の報道ではトランプ批判的な文脈が強調されていましたが、それを差し置いてもとても良い内容でした。40分超のスピーチを全文取り上げるのは難しいので、後半部分から3つのパートだけ紹介します。※文脈とりづらい箇所は文意を変えない範囲で削っています。(全文はこちら

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White Houseより)

統治者の資質と市民の資質。知性について。

トランプ現象に暗に言及しているパートの一つです。ただ、統治者や政治家だけでなく、一般の市民について語っているところがオバマ大統領らしいと思いました。

事実、エビデンス、理性、論理、科学の理解。これらは良いものです。これらは政策をつくる人々に私たちが求める資質です。そして、これらの資質は、市民としての私たち自身のなかで、ずっと耕し続けたい資質でもあります。それは明らかだと思います。

私たちは伝統的にそうしたことに価値を見いだしてきました。しかし、最近の政治的議論に耳を傾けるなら、この反知性主義のうねりがどこから来たものか、あなたは首をかしげるかもしれません。2016年の卒業生のみなさん、これはクリアにしておきたい。政治においても人生においても、無知は美徳ではありません。自分が何を話しているかわかっていないのはクールではない。それはリアルじゃないし、ポリティカルコレクトネスに挑戦しているわけでもない。それはただ自分が何を話しているかわかっていないだけです。私たちはこれらを混同してしまいました。

私たちの建国の父たち、フランクリン、マディソン、ハミルトン、ジェファソン、彼らは啓蒙の申し子たちです。彼らは迷信から、セクト主義から、部族主義から、そして何もないことから抜け出そうとしました。彼らは理性的思考と実験を信じ、知識をもった市民が自らの運命を支配する力を信じました。その信念が私たちの憲法のデザインに埋め込まれています。その同じスピリットがエジソン、ライト兄弟、ジョージ・ワシントン・カーヴァー、グレース・ホッパー、ノーマン・ボーローグ、そしてスティーブ・ジョブズといった私たちの発明家、そして探検家に力を与えてきたのです。

今日、あなたたちのポケットに入っているすべてのスマホを通じて、私たちは人類史上もっとも多くの情報へのアクセスを持っています。しかし、皮肉なことに、情報の洪水は私たちが真実を見分けられるようにはしてくれませんでした。いくつかの点で、それは私たち自身の無知について、私たちにより強く思い知らせるだけでした。私たちは、ウェブ上にあるものであれば何でも真実に違いないと思ってしまいます。そして、私たちは自らの考えを強化するだけのサイトを検索してしまいます。意見は事実の仮面を被り、最も野蛮な陰謀論が福音かのように捉えられてしまいます。

(中略)

興味深いことがあります。もし病気になったら、私たちは医者が実際に医学部を出ていて、彼らが自分が何を話しているかわかっていることを望みます。飛行機に乗ったら、パイロットが飛行機を操縦できることを切実に望みます。しかし、私たちの公的な暮らしにおいては、私たちは確かに「以前にやったことがある人物は、誰であれいやだ」そう思ってしまうのです。これは興味深いことです。事実の拒否、理性と科学の拒否、それこそが没落への道です。カール・セーガンの言葉が思い出されます。「私たちは、自らの問いの勇気と、自らの答えの深さによって、自らの進歩を測ることができる。それは、自分が心地よく感じることよりも、真実であることを大切にしようとする意思のことである。」

なぜ変化は起きないのか。民主主義について。

最低賃金を上げる、幼児教育を充実させる、大学の学費を安くする、税の抜け道をふさぐ。人々が求めるこうした変化はなぜなかなか実現しないのか。

大多数の人びとが認めているのにこうしたことがいまだ実現しない理由、それは本当にシンプルです。私がそれらを提案していないからではありません。それらがやってもうまくいかないという事実やエビデンスがあるからでもない。アメリカ人の、特に若い人びとが、選挙に行かないからです。

2014年の投票者数は、第二次大戦以降で最少でした。若い世代の5人に1人も投票に行かなかったのです。そして、投票に行った1人と全く同じくらい、行かなかった残りの4人もこの国の方向性を決めているのです。なぜなら無関心は何らかの結果を伴うから。それは、私たちの議会が誰で、彼らがどんな政策を優先するかを決めてしまいます。

もちろん政治におけるビッグマネーの存在はとても大きな問題で、その影響を減らしていかなければならないのは確かです。特定の利益集団やロビイストが権力に対して不相応に大きなアクセスを持っているのも事実です。しかし、ときに左右両陣営から聞こえてくることとは反対に、あなたが考えるほど不正にシステムが操作されているわけではないし、あなたが考えるほど希望がないわけではない。政治家たちは選挙で選ばれるかどうかを、特にもう一度選ばれるかどうかを気にかけています。もしあなたが投票して、あなたの考えが多数派になれば、あなたの望むものが手に入る可能性がある。しかし、もし参加すらしないのであれば、あるいは気にかけることすらやめてしまうのであれば、決してそうなることはありません。とてもシンプルです。そこまで複雑ではありません。

人々が投票に行かない理由の一つは、彼らが欲する変化がそこにあると思っていないからです。確かに、歴史上の大きなうねりの一つとして、あっという間に実現したものなどありません。サーグッド・マーシャルとNAACP(全米黒人地位向上協会)によってブラウン対教育委員会裁判の勝訴がもたらされるにいたるまで、何十年という長い時間がかかりました。その後、公民権法と投票権法にいたるまでにはさらに時間がかかかりました。さらに、それらが実際に機能し始めるまでにはもっと時間がかかったのです。ニュージャージー州でアリス・ポールやその他の婦人参政権論者によって女性の投票権が最終的に勝ち取られるにいたるまで、そこには何年にもわたる行進やハンガーストライキ、異議申し立ての組織化、何百もの法案の起草、手紙やスピーチ、そして議会のリーダーたちとの協力があったのです。

(中略)

参加が投票を、そして妥協、組織化、アドボカシーを意味するのと同時に、それは自分に同意しない人たちの声に耳を傾けることをも意味します。数年前、ここでコンドリーザ・ライスが卒業式のスピーチをすることについて何人かが動転して騒ぎ立てていたことを知っています。これは秘密でも何でもないですが、私は彼女や彼女が所属していた政権の外向政策の多くに反対です。しかし、以前の国務長官の言葉を聞かないほうが、あるいは彼女が言うべきことを締め出すほうが、このコミュニティ、そしてこの国にとってより良い結果につながると考える、それは見当違いというものです。

もし誰かに反対するなら、彼らを招き入れ、タフな問いを投げかけましょう。説得しましょう。彼らに自身の立場を論じさせましょう。もし誰かが悪い、あるいは攻撃的な考えを持っていたら、その誤りを示しましょう。関わって、議論しましょう。自分が信じるもののために立ち上がりましょう。誰かを関わらせることを恐れてはいけません。自分が壊れやすく、誰かが自分の感受性を攻撃するかもしれないからといって、耳を塞いではいけない。彼らが言っていることが意味不明だったら、彼らのもとに出向いて、論理と理性、言葉を使いましょう。自身の立場を強化し、自らの議論を研ぎすましましょう。そうすることで、反対者が何を信じているかだけではなく、自分が何を信じているかについてもきっと、あなたのなかで新しい理解が生まれるかもしれません。どちらにしても、あなたの勝ちです。もっと大切なことに、それは民主主義の勝利です。

長距離モードでいこう。最後に進歩について。

スピーチの最後にオバマが語った言葉を最後に紹介します。

最後にもう一つだけ。長距離モードでいきましょう (gear yourself for the long haul) 。ビジネス、非営利、政府、教育、ヘルスケア、アート、どんな道を選ぶのであれ、いつか必ず壁にぶつかります。愚かな人と出会うでしょう。イライラすることも、偉大ではない上司を持つこともあるでしょう。ほしいものを全て得られることはないでしょう。少なくともあなたが望むほど早いスピードでは。だから粘り強くやらなければ、食らいついていかなければなりません。そして、例えどんなに小さくても、不完全でもいいから、成功をつかみ取ってください。成功は成功です。娘たちにいつも言っています。マシなのは良いことだと(better is good)。完璧でも偉大でなくても、それは良いことです。そのようにして、これまでも私たちは進歩してきました。様々な社会のなかで、そして私たち自身の人生のなかで。

だから、ときどき障害にぶつかっても希望を失わないでください。否定ばかり言う人と会っても希望を失わないでください。そして、抵抗を受けたからと言ってシニカルにならないでください。シニシズムに陥るのは簡単です。そして、皮肉屋が多くを達成することはありません。ブルース・スプリングスティーンはかつて歌いました。「彼らは決して訪れない瞬間を待って日々を過ごしている」。そうはならないでください。待っているだけで時間を無駄に費やしてはならないのです。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき)

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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