望月優大のブログ

見えているものを見えるようにする。

朝日新聞天声人語のコラムがニッポン複雑紀行の記事とよく似ていることについて

こんにちは。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長の望月優大です。

やや物騒なタイトルの記事をアップしてしまい恐縮です。一つの問題提起をするためにこの記事を書いています。このあと概要を説明しますので読んでいただけたらと思います。

ニッポン複雑紀行は昨年12月に難民支援協会と共に立ち上げたウェブマガジンで、その第一弾記事として、12月6日に前新大久保駅長の阿部さんへのインタビュー記事を掲載しました。取材を行ったのは2017年の9月です。

外国人が多いことで知られる新大久保の駅長として、阿部さんが日本語学校の学生さんたちと協力して20ヶ国以上の多言語アナウンスを導入したというストーリー。阿部さん自身が青森県の出身で、青森弁を聞きに上野駅に行った経験があるということがこうした取り組みのベースになっており、SNSを中心に共感が大きく広がった結果とても多くの方に読んでいただくことができました。

この記事の公開後、実は朝日新聞の方からも、この記事やニッポン複雑紀行の取り組みに対する共感・関心をいただき、昨年12月31日のコラムで取り上げて(応援)くださったという経緯もあります。このコラムでは、ニッポン複雑紀行という一般的な取り組みのみならず、新大久保の多言語アナウンスという記事での具体的な取材対象についても言及をしてくださいました。

ウェブマガジンの立ち上げ直後にこのような形で取り上げてくださったことについては、編集部一同、本当に感謝の念しかありません。

なのですが、今回このブログ記事を書いているのは、先のニッポン複雑紀行の記事と非常によく似たストーリーが、ニッポン複雑紀行への言及なしに、先日1月31日の朝日新聞・天声人語に掲載されていたからです。

(天声人語)新大久保で耳を澄ます:朝日新聞デジタル

非常に迷ったのですが、どうしても見過ごせず、その記事が公開されてから1週間悩んだのちに、この記事を書いています。

「よく似ている」というのは、上述した「ストーリーの運び方」がよく似ているという意味です。一言一句が同じという訳ではもちろんありませんので、よく似ているかどうかは、ニッポン複雑紀行の記事と読み比べてみていただけたらと思います。私はよく似ていると思いました。

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繰り返しになりますが、天声人語の中でニッポン複雑紀行への言及はありません。また、事前・事後ともに編集部宛ご連絡いただけるということもありませんでした。

阿部さんがこの多言語アナウンスを始めたのは2015年のことです。

実は朝日新聞は当時もこのテーマで記事を掲載しており、オンライン上に今もその記事が残っています。

朝日新聞デジタル:大久保…多文化の街(2) - 東京 - 地域

こちらを読んでみるとよくわかるのですが、上記2018年の天声人語とは異なり、「新大久保駅での多言語アナウンス」という同じテーマを取り扱っていても、2015年の朝日新聞の記事の方ではニッポン複雑紀行が2017年につくった記事とは「ストーリーの運び方」も違いますし、「記事に盛り込まれている情報」も違います。

例えば、「阿部さん自身が青森出身で上野駅に青森弁を聞きに行っていた」という情報は2015年の記事には盛り込まれていませんでした。

「違う取材者」が「同じテーマや対象」をそれぞれ独自の視点で取材し、その取材に基づいて記事をつくっているわけですから、「同じテーマ」でも「違う記事」になるのは当然です。時事的なストレートニュースではなく、コラム的な体裁の記事であればなおさらでしょう。

にも関わらず、先日の天声人語の記事は「ストーリーの運び方」も「記事に盛り込まれている情報」もニッポン複雑紀行の記事と偶然とは思えないほどよく似ていると私は感じました。周りの友人や知人にも感想を聞いてみたのですが、同様の感想を述べる方ばかりでした。

朝日新聞が独自取材をしていないという意味ではありません。ニッポン複雑紀行で紹介している阿部さんの言葉とは良く似ている、けれど若干異なる「生のコメント」が引用されています。これは独自に取材されたのだろうと思いますが、やはり、よく似ている。

そもそも、このタイミングで2015年のテーマを取り上げ直すこと自体が、ニッポン複雑紀行による2017年末の記事をきっかけとしていることは明らかです。しかも、朝日新聞の年末のコラムでそのことについて取り上げているわけですから、偶然の類似ではありえないだろうと私は思いました。

このブログでは、そのことが何らかの法律に違反しているかどうかを問題にしたいわけではありません。

そうではなく、ここまで似ている記事を元記事への言及や事前の連絡なしに公開してしまうことが職業倫理の次元で許容されるべきものなのだろうか、そのことを問題に感じてこのブログを書いています。

あるいはもう少しラフな言い方をすればその行いがクールかクールでないか、こうした次元での問題意識とも言えるかもしれません。

大きな問題ではないという人もいるかもしれませんし、私と同じように感じる人もいるかもしれません。「問題ではない」という意見の中にも「よく似ているが問題ではない」という意見もあれば、「そもそもよく似ていないから問題ではない」という意見もあるかもしれません。

私としてはそうした意見の多様性があることは良いことだと思っていますし、だからこそ、私個人の意見が「よく似ている、そしてクールではないのではないか」というものであることを改めて書いておきたいと思います。

メディアの大先輩に対する、そして日々メディアがつくる情報に接し続ける私たち自身に対する一つの問題提起として、受け止めていただけたらと思います。

ニッポン複雑紀行は小さいながらも意思と誇りを持って立ち上げたウェブマガジンです。

非営利団体の潤沢ではないリソースの中から、身を削るようにして捻出したお金と時間を元手にしています。

「外国ルーツの方々の存在感が高まっていくこの社会の現状を多くの人に伝えたい」、そして「できうるならば阿部さんが記事中で語ってくださっているように、様々なルーツの人たち同士『うまくやっていきたい』という思いを広めたい」、そんな思いで地道に、ゆっくりゆっくり時間をかけて運営をしています。

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そんな中で、規模もパワーも段違いの朝日新聞を通じて、阿部さんや多言語アナウンスのストーリー自体が世間に広まっていくことは願ってもないことです。

ただ、同時に、情報の作り手としてのモラル、職業倫理についても考えていく必要があるのではないかと、私は思います。

規模の大小に関わらず、独自予算で独自の取材をすることに対して、作り手の間でのリスペクトが必要ではないでしょうか。私たち以外の多様な作り手の姿も想像しながら、そんなことを思いました。

ニッポン複雑紀行は以下のコンセプトを掲げています。
「ニッポンは複雑だ。複雑でいいし、複雑なほうがもっといい。」

私は朝日新聞がこうしたコンセプトに近い気持ちで運営されているメディアなのではないかと思います。

私自身、個人的に付き合いのある記者の方もいますし、年末のコラムでニッポン複雑紀行を好意的に取り上げてくださったことからも明らかだと思います。そして、何よりも、天声人語でこのストーリーを取り上げようと思われたこと自体がそのことを傍証していると思います。

だからこそ、このブログ記事を公開することを最後の最後まで悩みました。そして、同じ理由で公開することを決めました。

なお、朝日新聞へのクローズドな連絡ではなく、公開でのブログ記事という形を選んだのは、すでに先の天声人語が一般に公開されているということ、そしてこうしたグレーな問題について社会的な形での議論を喚起できればと思ったことが理由です。

あくまで一つの問題提起と受け止めていただけたらと思いますし、誰かを傷つけることなく、ポジティブな形で議論ができれば幸いです。よろしくお願いします。

望月優大|ニッポン複雑紀行・編集長

 

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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ライター・編集者。株式会社コモンセンス代表取締役。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。BAMPで「旅する啓蒙」連載中。経済産業省、Googleなどを経て、スマートニュースでNPO支援プログラム「ATLAS Program」のリーダーを務めたのち17年12月に独立。低所得世帯の子どもたちに教育機会を届ける「スタディクーポン・イニシアティブ」にも参画し、クラウドファンディングで1400万円を超える寄付金を集める。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(地域文化研究専攻)。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年生まれ。

Twitter @hirokim21
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