HIROKIM BLOG / 望月優大の日記

見えているものを見えるようにする。

小さな声を届ける - ワンダーのための新しい場所「BAMP」の誕生に寄せて

今日「小さな声を届ける」ことを謳う新しいウェブマガジンが生まれた。そのことについて少しだけ書いておこうと思う。

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最初に言っておくと、ぼくはこの新しいメディアに少しだけ関わっている。ほんとうに少しだけ。たくさん関わっている人とはもう関わり方が全然違う。もう、ほんとうに小さく小さく関わっている。本当に少し、末席の末席だ。そこから、小さな声を届けてみようと企んでいる最中である。

まずは原稿を書かないといけない。はて、何を書こうか。例えば、小さなコラムを書いてみようと思う。文字通り、小さな声である。小さな声をこつこつこつこつ、積み上げるように文章を書いていこうと思う。やりたいことは、不思議な熱量を乗せること。小さな声に不思議な熱量を乗せる、そのことに挑戦してみようと思う。

不思議、ということがわかりますか。それは、ワンダーということである。そして、Wonderというのは誰かを見て、何かを聴いて、ぼくらが驚くということだ。その不思議はどこにあるか。それは重力に逆らう熱量のうちにある。普通の人がやるはずのないことをやり続ける燃料のうちにある。だから、ワンダーなのである。だから不思議なのだ。

小さな声というのは大きさのことではない。世の中の大きな声は重力に従っている。だから大きくなるのだ。多くの人がその重力に沿って流れるから、流れざるを得ないから、いつの間にやら一つに集まって、大きくなるのである。

世の中から大きな声がなくなることはない。大きな声が届かなくなることもない。大きな声は常に一人一人の人生を引力やら重力やらもうありったけの力強さでぐるぐる巻きにする。そして、ぼくらはいつだってぐるぐる巻きの人生を生きながら、喉元のどこかで何か声を発してみたいと思っている。

だからこそ、小さな声はそれが発せられるということそのものがワンダーなのだ。そして、その音が誰かの耳に聴こえているということそのものが驚きなのである。小さな声が消えない。小さな声が生まれ続ける。その一つ一つが具体的な形をとって、ある瞬間と別の瞬間とのあいだで途切れることなくどこかの鼓膜で鳴り続ける。

この驚きを忘れないように、ぼくらはいつもいつも、小さな声の不思議を思い返す必要がある。

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今日、ワンダーのための新しい場所「BAMP」がぽこっと誕生した。この小さな場所を賑やかすために、末席の末席から小さな声を届けていこうと思う。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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