望月優大のブログ

見えているものを見えるようにする。

7歳の少女バナ・アラベドによるツイート。シリア政府軍攻囲下にあるアレッポ東部の状況。

アレッポはダマスカスに次ぐシリア第二の都市であり、シリア内戦で最も大きなダメージを受けた場所の一つでもある。

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アレッポは現在東西に分断されており、西側をシリア政府が、そして東側を反政府勢力が支配している。アレッポ東部はシリア政府が支配する領域の中で「陸の孤島」と化している。

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(11/8 BBC News - Why are people still living in east Aleppo?

10月のものだが、この動画を見ると、アレッポ西部が美しい風景を保っているのとは対照的にアレッポ東部がひどく荒廃している様子がわかる(西アレッポの動画はアサド政権の観光局によるもの)。

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(10/5 The Guardian - Drone footage of west and east Aleppo - video

現在もアレッポ東部に暮らす20万人強の人々は、食料の欠乏や医療機関の不足の中を暮らしている。深刻な人道危機と言える。そして、現在も、そのアレッポ東部を奪還するために、シリア政府軍が日々激しい空爆を繰り返し、ついには地上攻撃も開始している。

最新のニュースではアレッポ東部の反政府勢力が支配していた地域の3分の1がすでに政府軍によって占領されているようだ。以下の図のうち、ピンクが反政府勢力の支配するエリアであり、その中で濃いブルーの地域が政府軍によって奪還されたとされる部分である。

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(11/28 BBC News - Aleppo siege: The third of rebel-held Syria city taken by forces

こうした空爆の結果、多数の市民が犠牲になる事態が発生し、反政府勢力の支配地域からシリア政府の支配地域への大規模な脱出が起こっている。

こうしたアレッポ東部の状況を現地から伝える一つのツイッターアカウントがある。バナ・アラベド(Bana Alabed)という7歳の少女のアカウントがそれだ。

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2016年9月に開始されたこちらのアカウントはすでに10万以上のアカウントからフォローされている。

バナと母親のファティマによるツイートが投稿されているが、アカウントは母親が管理している(Account managed by mom)という記載がプロフィール上になされている。

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現地時間11/27日曜日の夕方から11/28月曜日の夕方にかけての、このアカウントによる5つのツイートを紹介する。

シリア時間 11/27 15:22(日本時間 11/27 22:22)

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軍が入ってきました。これが私たちにとって最後の日々になるかもしれません。インターネットはありません。私たちのために祈ってください。ファティマ。#アレッポ

②11/27 15:44(日本時間 11/27 22:44)

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最後のメッセージ。大量の爆撃を受けています。もうこれ以上生きられません。もし私たちが死んだら、まだこの中にいる20万人に対して話しかけ続けてください。さようなら。ファティマ。

③11/27 22:15(日本時間 11/28 5:15)

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今夜は家がありません。家は爆撃され、がれきの下敷きになりました。人々が死ぬのを見て、私も死にかけました。バナ。#アレッポ

④11/28 10:09(日本時間 11/28 17:09)

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いま激しい爆撃を受けています。いま、死と生の間にいます。私たちのために祈ってください。#アレッポ

⑤11/28 15:13 (日本時間 11/28 22:13)

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メッセージ。多くの人々が激しい爆撃で今も殺されています。私たちは逃げています。私たちは私たちの命のために戦っています。いまもあなたたちと共に。ファティマ。

バナ・アラベドのツイッターアカウントに対しては、7歳の彼女が英語を話せること、またアサド政権やプーチン大統領に爆撃を止めるようにという写真を載せた投稿をしていることなどから、偽のアカウントなのではないかという非難も寄せられているという。

母親のファティマはBBCのインタビューに以下のように答えている。

嘘をついていると非難されるのは心外です。「すべての言葉は心からのものです」とファティマは言う。「すべては真実です」。

Being accused of lies is disappointing, she said. "All the words come from the heart," Fatemah said. "All are the truth".

同じインタビュー記事によると、ファティマは大学時代にジャーナリズムや政治のコースを履修していた。しかし、現在はシリアのメディアからの支援を受けているわけではなく、何らかの慈善団体に参加しているわけでもないという。

アレッポはシリア内戦において反政府勢力が最初に支配下に置いた地域であり、シリア政府軍がアレッポを完全に奪還することの戦略的かつ象徴的な意味は大きい。言うまでもなく、昨年からのロシアによるシリア政府軍への加勢が力になっているのは間違いない。

国連のデミストゥラ特使は「クリスマスまでにアレッポ東部は崩壊してしまうだろう」と述べた。深刻な人道危機がいま起きている。

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トルコというダムは決壊するのか - HIROKIM BLOG / 望月優大の日記

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
Facebook hiroki.mochizuki

トルコというダムは決壊するのか

いまトルコについて考えることは本質的なことである。

トルコについて考える経験を通じて、自由民主主義を奉じる先進諸国に生きる人々は、自分たちの暮らしがどんな基盤に拠って立っているのかを理解する。それはひどく脆弱な基盤であり、少しの変化で動揺してしまうほどのものだ。

そして、いままさにその基盤が危機にさらされようとしている。

直接的に言えば、今年の3月に結ばれたEU-トルコ間での合意によってトルコ経由でのEU諸国への難民流入が大きく抑制されていたのだが、その合意自体が現在危機に瀕している。

この記事ではその危機について書いていく。

  1. 「EU-トルコ間合意」の成立と動揺
  2. 難民の「ダム」としてのトルコ
  3. 世界はトルコに何を求めるのか

具体的にはこういうことが起きている。

1. 「EU-トルコ間合意」の成立と動揺

時系列順に経緯を追っていく。

  • 2015年、シリア→トルコ→ギリシャを経てドイツにまで至る「バルカンルート」を通って中東から大量の難民がヨーロッパに押し寄せた
  • その結果、EU諸国はドイツを中心とした受入肯定派とハンガリーなど東欧諸国を中心とした反対派に分断された
  • しかし、大量の難民受入後にEU諸国で発生したいくつかのテロ事件やそれに伴う極右勢力の伸張に伴い、ドイツにおいても、政権側から何らかの手を打たなければ国内的にもたない状況が現出した
  • 関連する重要なスケジュールについて確認する。2015年9月6日にハンガリーとオーストリアで足止めを受けていた大量の難民がドイツ南部のミュンヘンに到着し、同月11日にメルケルが「難民に対する上限はない」と発言。その後、同年11月13日にパリ同時テロ事件が発生し、12月31日にケルンでの暴行略奪事件が発生した。それぞれの事件の容疑者に難民申請者が含まれていたことが世論の硬化を招いた
  • こういった情勢を受けて、EUはドイツ主導でトルコとの外交的合意を成立させる。2016年3月18日のことだ。そこではこういった取引がなされた
  • まずはトルコからEUへのオファー。トルコからギリシャ(EU及び域内移動の自由を認めるシェンゲン協定加盟国)に入って滞留している難民のトルコへの送還を認め、加えてトルコ・ギリシャ間の国境警備の強化を行う
  • 次にEUからトルコへのオファー。トルコ国内の難民支援にかかる費用を支援する、トルコからEUにシリア難民を一定数再定住させる、トルコ国民がEU渡航する際のビザを免除する、トルコのEU加盟交渉を加速させる
  • この合意の結果、トルコ・ギリシャ間の国境警備が強化され、バルカンルート経由でのEUへの難民流入はかなり抑制された。トルコ側からも、EUに対して合意内容の履行が要求された。特にビザなし渡航やEU加盟交渉の加速についてその履行を要求された
  • 2016年7月15日、トルコ国内でクーデタが発生する。クーデタそのものはすぐに押さえられたが、非常事態宣言下のトルコでは、エルドアン政権による様々な人権侵害が横行する。反体制派の人々が数多く逮捕され、何万人もの公務員が解雇され、数百のNGOやメディアが解散させられ、大学の学長指名にまで政治介入が行なわれた
  • EUはクーデタ後のトルコにおけるこうした状況を強く非難した。EU加盟交渉との関係においては、人権や法の支配が尊重されていない状況は論外であり、EU加盟のために2002年に廃止された死刑制度の復活についてエルドアンが好意的に語り始めるという状況にいたっては、EU側からのトルコに対する態度を硬化させるに十分であったように思われる
  • こうした経緯を経て、去る11月24日の木曜日、EU議会はトルコのEU加盟交渉凍結を求める採択を決議した。この決議はその性格上拘束力をもつものではなかったが、エルドアン大統領はこれに対して強く反発し、EU(具体的にはギリシャ)との国境警備を緩和し、中東からの難民流入を放置する姿勢に転換する可能性を示唆した
  • これは難民受入が国内の正統性危機に直結しかねないEU諸国(特にドイツ)にとって、バーゲニング手段として強く機能してしまう可能性がある。
  • 時系列を少しだけ遡ると、その数日前、11月20日の日曜日にエルドアンは中国とロシアを中心とする「上海協力機構」への加盟を示唆した。これは、EU加盟がトルコにとっての絶対的な希望であるわけではないと示すことを意図したものであり、11月24日の欧州議会での決議を見越して、EU-トルコ間合意履行についての賭け金を高めるための発言だったと考えられる

ここまでが現在の危機に至る経緯の簡単なまとめである。

2. 難民の「ダム」としてのトルコ

問題の在り処を整理する。

まずシェンゲン協定について確認する。シェンゲン協定とは、協定の加盟国間での国境検査を不要にする仕組みであり、それは一つの加盟国の国境さえ通過できてしまえばその他の加盟国には国境検査なしに移動することができるということを含意する。

現在の加盟国数は26であり、そのほとんどがEU加盟国である。しかし、ノルウェーやスイスなどEUには加盟していない国も少数含まれる。また、その反対に、イギリスのようにEUには加盟しているがシェンゲンには入っていない国もいくつか存在する。

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(水色と青色の国がシェンゲン協定加盟国 / European Commission - Migration and Home Affairs

上記の図を見ると明らかな通り、このシェンゲン圏の東端を成すのがギリシャであり、そのギリシャと国境を接し、かつその先にシリアやイラク、イランと国境を接しているのがトルコ、ということになる。

したがって、ある難民がトルコからギリシャに入国するということは、彼がシェンゲン圏の中に入るということ、それによってシェンゲン圏内を自由に移動できるようになるということを意味する。

ドイツが主導してEU-トルコ間合意を推し進めたのはまさにこのシェンゲン協定の仕組みを前提としてのことであり、それは言葉そのものの意味で、トルコに難民流入の防波堤としての役割を期待するということであった。

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(UNHCRによる地中海周辺での日別の難民・移民の流入数推計 / UNHCR - Refugees/Migrants Emergency Response - Mediterranean

実際のところ、この合意が成立する以前からトルコは世界最大の難民受入国であった。

トルコが受け入れる難民の数は膨大で、2015年末時点で254万人にのぼる。トルコの人口が7900万人弱であるから、人口の3%を超える数の難民を受け入れているということになり、その規模はドイツなど積極的に難民を受け入れていると言われている国と比較しても桁違いと言ってよいレベルのものだ。

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(難民の受入数国別ランキング / UNHCR - Global Trends : Forced Displacesment in 2015

理由の一つは地理的なものである。すなわち、トルコはその他の国々よりも難民発生国からの距離が圧倒的に近い。

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(難民の発生数国別ランキング / UNHCR - Global Trends : Forced Displacesment in 2015

近年における世界最大の難民発生国はシリアであり、トルコはその南部にシリアとの長い国境を有している。逆の視点で見れば、シリアが国境を接している国はトルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、イスラエルの5カ国しかなく、シリアから陸路で国境を越えようとする場合の選択肢は非常に限られている。

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難民受入国のランキング上位の多くはこうした難民発生国の近隣国が占めており、トルコを始めとするこうした国々はそれらより地理的に遠くに存在する国との関係ではある種の緩衝地帯、言い換えれば巨大な「ダム」のような役割を果たしている。

2015年に起きたことは、このダムからの放流の量が増加し、下流であるヨーロッパに流れ込む難民の量が増加したと理解することができる。逆に言えば、2016年3月のEU-トルコ間合意においてEU側が企図したことは、このダムの放流の量を改めて抑制しようということであった。

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(UNHCR - Refugees/Migrants Emergency Response - Mediterranean

今回のエルドアンの「脅し」は、まさにこのEU側の意図に逆らう形で、そちらが合意内容を履行しないのであればこちらもそうしますよ、すなわちこれまで抑制していた放流の量を増やしますよ、ということを言っているわけである。

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(UNHCR - Refugees/Migrants Emergency Response - Mediterranean

2016年3月以降の合意以降、一気に難民流入の数が減少しているという現実を背景にした、非常に強い脅しであると言えるだろう。

3. 世界はトルコに何を求めるのか

問題を改めて振り返ってみる。EU-トルコ間合意という名の取引における最も重要な矛盾はどこにあるか。

それは、人権規範の守護者たるEUが、人権侵害を主な理由としてEU加盟を認めていないトルコに対して難民を送り返し、しかもそのことと引き換えにトルコのEU加盟交渉を加速させるという約束をしたという点にある。

どういうことか。

EU諸国における難民受入の困難は、難民を受け入れたからには自らが奉じる人権規範を彼らにも適用し、人間らしい暮らしができるように最大限の努力をしなければならない、というところにある。

なぜなら、それを実現することが実際に存在するリソースの観点から本当に難しいかどうかということとは別にして、特にEU諸国内で相対的に貧しい暮らしをしている人々の想像力においては、日々増加する難民の利益と自らの利益が背反しているというストーリーを思い描くのを止めることがとても難しいからだ。

近年ヨーロッパの各国で極右勢力が同時に大きく伸長しているのは決して偶然ではなく、彼らやその支持者たちの存在は政権運営上、そして政治的正統性の調達という観点でもはや無視しえないレベルまで大きくなっているのである。

そこで、受け入れたからにはきちんと保護しなければならない、しかしそれが難しいからそもそも受け入れる量を抑制する、そういう論理が根底の部分でどうしても必要になってしまう。難民受入に積極的なドイツこそが合意の推進者であったのはそうした意味においてであろう。

では、なぜトルコはEU諸国よりはるかに多くの難民を国内に抱え続けることができるのか。それは何よりも、人権規範を遵守しなければならないという制約からのフリーハンドがEU諸国に比べて相対的に大きいからである。

例えば、トルコにいるシリア難民の子どもたちが、ZARAやマークス&スペンサーなどグローバルなアパレル企業関連の工場で不法に長時間労働させられていたことがわかっているが、これはEU圏内では「できない」し「やってはならない」ことだ。

さらに重要な論点として、日本も加入している難民条約における「追放及び送還の禁止」について触れておきたい。これは、「ノン・ルフールマン原則(non-refoulement)」と呼ばれる原則に基づくもので、難民条約の締約国は、祖国であれ第三国であれ、安全でない国へと難民を追放・送還してはならないという大原則があるのだ。

第33条【追放及び送還の禁止】

1. 締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない。

さて、ではトルコは難民にとって「安全」な国なのだろうか。EU-トルコ間合意が結ばれたということは、EUはトルコが安全であると判断したということを意味する。しかし、その判断に対しては様々な形で疑義が呈されている。

詳細は2016年6月のヒューマン・ライツ・ウォッチによるレポート「EU:シリア難民のトルコ送還を停止すべき」をご覧いただきたいが、トルコ国内で難民の権利がきちんと保障されておらず、公共サービスが整備されていない難民キャンプでの生活を余儀なくされる可能性も高いこと、またシリアとの国境でシリア難民の追い返しを行っていることなどが指摘されている。

しかし、私たちは一体誰を非難すれば良いのだろうか。

根本原因はシリアが壊れていることである。シリアでは2011年ごろから始まった「アラブの春」を端緒として、シリアはいまに続く終わりの見えない内戦に陥ってしまった。

いまではシリア政府軍、反政府武装勢力、イスラム国、クルド人系武装勢力という四つ巴の内戦に、欧米やロシア、トルコ、その他の中東諸国が複雑に交差するという泥沼の状況を呈している。

アラブの春は、アラブ諸国の独裁体制を自由民主主義的なそれへと体制転換していくことを切望する同時多発的な運動だった。しかし、その体制転換はどの国でもあまりうまくいかず、特にシリアでは大きな無秩序状態の出現を促す形になってしまった。

そうして、シリアが壊れたことで発生した大量の難民の存在が、自由民主主義を奉じる先進諸国に対して、大きな問いを投げかけている。

それは「人権」や「法の規範」といった自らの体制を根本的に規定する価値が現実的に適用される人々の「範囲」とその限定についての問いであり、さらに、その範囲の限定を実行化していくために自らの外側に必要な国家の体制についての問いである。

重要なことに、この問いは、歴史的に常に存在しながら長きにわたって見えにくい状態にあった、あるいはこれまでは見ないでいることができた、そうした種類の問いだったのである。

中東における政治的自由の不在、人権の侵害や民主化の遅れを、西欧諸国は批判し、導く立場であり続けてきた。しかし独裁政権は、言語や宗教・宗派といったエスニシティ構成もまちまちな中東の諸国を強権的な手法で統治することで、国境を維持し、武装集団の大規模な出現を阻止してきた。西欧にとって、アラブ諸国やトルコは、地中海の東岸や南岸で、アラブ世界やその背後のサブサハラ・アフリカ、あるいは南アジアから流れ着く移民・難民を、人権や自由の理念・原則からは疑わしい手法を用いながら、食い止めてきた「ダム」か「壁」のような存在だった。この「壁」があったからこそ、西欧諸国は第二次世界対戦後、かつての植民地からの大量難民の波に襲われることもなく、紛争の影響が及ぶこともなく、経済発展に必要な移民のみを、ある程度選択して受け入れることが可能だった。

このダムあるいは壁の存在は、綻びがない間は意識されにくいものだった。しかし「アラブの春」によって中東の諸国家が次々に揺らぎ、領域の管理が弛緩することで、西欧の安定と繁栄を可能としていた条件を、あからさまに示すことになったのである。

(池内恵『サイクス=ピコ協定 100年の呪縛』122-3頁)※太字強調は引用者

トルコが最初にEU加盟の申請を行ったのは1987年のことだ。それからすでに30年近くの年月が経過している(当時はEUではなくEC)。

これまでEUは一貫してトルコがEU的な価値観に適応すること、人権や法の支配を尊重することを求めてきた。トルコもそれに呼応して、2002年の死刑制度廃止など、少しずつ国内の人権問題を片付けてきた。

しかし、いま起きていることはそれとは真逆の動きであるように見える。

トルコはEUだけが選択肢ではないということをあからさまに発言するようになり、EU側もそれに応じてトルコを仲間に加えることを諦める兆しを見せ始めている。未来のことを予測することは難しいが、世界で起きている変化の流れを理解しようとすることはできる。

トルコのダムが決壊しないという保証はどこにもない。私たちの暮らしや価値観が拠って立つ基盤は想像以上に脆く、日々動揺している。だから、常に見て、考え続ける必要がある。

参考文献

ユーロ危機、難民危機、安全保障危機、イギリスEU離脱という4つの複合危機としてヨーロッパの危機を捉え説明する稀有な一冊。非常に勉強になる本。

欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書)

欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書)

 

やや保守的な論調にときたま違和を感じることもあるが、現在発生している難民問題にまつわる様々な事実や論点を一気に勉強にするには最適の一冊。

難民問題 - イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題 (中公新書)

難民問題 - イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題 (中公新書)

 

民族や難民という視点でトルコの歴史を振り返るのに最適な一冊。池内先生の著書はどれもおすすめ。

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

 

関連過去エントリ

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f:id:hirokim21:20160904190326j:image
慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

先日のアメリカ大統領選でドナルド・トランプが勝利したという出来事について、アメリカにおける人種・エスニシティの問題、そして移民問題という視点から振り返ってみたいと思います。

そうするのは、それらの問題がこの選挙において最も根本的であると私が考えているからであり、ジェンダーや所得、居住地域など、他にもありうる幾つかの視点の一つという位置付けではありません。最も根本的な意味で、この選挙において重要だったのは人種・エスニシティであり、移民の問題であったと私は考えています。

この記事では以下の順序で話を進めていければと思います。

  1. 誰がトランプに投票したのか?
  2. 白人の民主党離れとクリントンが勝てなかった理由
  3. ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

少し長くなりますが、お付き合いいただけたら嬉しく思います。

1. 誰がトランプに投票したのか?

トランプ勝利のニュースの後、色々な人たちがトランプ勝利の考えられる要因について色々なことを述べているのを見ました。典型的には「田舎に住む低学歴で貧乏な白人男性労働者の怒りがトランプを生んだ」という診断があったように思います。

しかし、これは何となくわかったようでよくわからない話です。何しろ、田舎(居住地域)、低学歴(学歴)、貧乏(所得階層)、白人(人種・エスニシティ)、男性(ジェンダー)、労働者(職業)といった要素がすべて含まれていて、複雑な掛け算になっているからです。

結局どんな人たちがトランプとクリントンのそれぞれに投票をしたのでしょうか。ちなみに、それらの人々を「ヒルビリー」といった言葉で一まとまりの実体として見るような視点も提案されましたが、彼らが一体何人いて、どこに住んでいるのかはよくわかりません。

日本でもしばらく前に「マイルドヤンキー」という言葉が主に企業のマーケティング的な観点でもてはやされたことがありましたが、それと位置付けとしては似た言葉のようにも思えます。診断として正しいかどうかという問題以前に、人によって言葉の定義がバラバラで、起きていることを正確に理解するのには邪魔になってしまう可能性があります。わかりやすくするための言葉が本質を見えづらくしてしまうことはよくあることです。

私の考えを先に言ってしまえば、最も重要なのは「人種・エスニシティ」でした。それは、例えばCNNの出口調査の結果を見てみると一目瞭然になります。CNNの調査については、アンケート方式であるため誤りや嘘の可能性があること、サンプル調査であるため全数調査よりは誤りが含まれる可能性があることなど、いくつか留保が必要ですが、24537サンプルという数の多さなどから一定程度信頼して良い調査かと思っています。

まずは人種についての調査結果を示したこのグラフを見てください。

<人種>

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まずグラフの見方ですが、「70% white」というのは、回答者の70%を占める白人という意味です。そして、その白人回答者のうち、青=クリントンに投票したと答えた人が37%、赤=トランプに投票したと答えた人が58%ということが示されています。ここからいくつかのことを見て取ることができます。

まず、投票者のうち30%が非白人ととても多くの割合を占めているということ。これはアメリカがいかに多様な人々によって構成された国家であるかということを示しています。次に非白人の多くはクリントンに投票し、反対にトランプへの投票者のほとんどは白人であるということがわかります。

これはトランプとクリントンの特殊性というよりは、近年の共和党と民主党のそれぞれの大統領候補に共通する特徴です。現代のアメリカでは言わば共和党は白人の政党、民主党は非白人の政党となっているのです。ただし、民主党においてもいまだ白人からの投票が半数以上を占めていることは忘れてはいけません。

次に、ジェンダー、年齢、所得、学歴の調査結果を見てください。人種と異なり、トランプとクリントンの間にそれほど劇的な差がないことがわかると思います。もちろんトランプの方が男性投票者が多いとか、クリントンの方が若年の投票者が多いといった「傾向」はあるのですが、先ほど見た人種による傾向の方がはるかに顕著です。

<ジェンダー>

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<年齢>

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<所得>

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<学歴>

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こうした傾向から言えることは、人種・エスニシティがトランプとクリントンを分ける最も顕著な軸であったということです。エコノミスト誌の同様の調査でもそのことは見て取れます。青と赤に顕著な差が見られるのは(もちろん支持政党を除いて)何よりもまず人種なのです。

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次に注意しなければならないのは、人種が最も重要な軸であることは今回の選挙のみに当てはまることではなく、近年の選挙においてはむしろ普通であるということです。トランプが勝ったことで考えられない地殻変動が起きたというような声も聞かれましたが、彼が勝ったことによる帰結は一旦置いておいて、彼が勝った「勝ち方」については、いつもの共和党と基本的に同じであったと言って良いと思います。非白人ではなく白人の支持を集めることで勝つ、それが共和党の勝ち方の基本です。

 

2. 白人の民主党離れと「クリントンが勝てなかった理由」

こちらのグラフを見てください。上が民主党投票者、下が共和党投票者です。オレンジの線が白人の割合を、青い線が非白人の割合を示しています。

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2012年ワシントンポスト記事より ※西山隆行『移民大国アメリカ』52頁に引用されている)

一目見て分かる通り、民主党投票者に占める非白人の割合はどんどん高まっています。2012年の選挙では白人56%、非白人44%と半数に迫る勢いです。反対に共和党投票者に占める非白人の割合は微増しているものの依然としてかなり低く、2012年の段階でも白人89%、非白人11%という状況です。

問題はこのグラフの数値をどう解釈するかです。よくある解釈は民主党が非白人からの支持を集めているというトレンドは中長期的に民主党に有利である、というものです。しかし、この解釈は二つの前提に基づかなければ成り立ちません。

一つは全有権者に占める白人と非白人の比率が変化し、非白人の比率が大きくなっていくだろうということ。これについては、実際アメリカ国勢調査局の長期予想でもそうなっていくとされていますし確からしさがあります。

もう一つの前提は、白人全体に占める共和党投票者と民主党投票者の比率が変化しないだろうというものです。二つの前提を合わせるとこうなります。有権者に占める非白人の比率が高まることは民主党に有利に働く、ただし民主党が白人の支持を失わないならば

そして、このただしの部分については留保が必要です。なぜならここ20年ほどの間に、白人の多くは民主党ではなく共和党に投票するように大きく変わってきているからです。

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(西山隆行『移民大国アメリカ』83頁)

つまり、民主党が非白人に人気があり、そして非白人の有権者数が増えていったとしても、同時に民主党が白人からの支持を失ってしまえば共和党が勝つ可能性は残ります。もちろん有権者に占める非白人の割合が今よりさらに増えていけばその可能性はどんどん減っていくわけですが、短期的には必ずしも民主党有利とは言い切れないわけです。

さらに、もう一つの要素として見逃せないのが投票率です。自らの支持層の投票率が相手の支持層の投票率より低かったり高かったりした場合、勝敗に大きな影響が出るのは当然のことです。実際、2008年と2012年にオバマが勝った選挙を見てみると、通常時より黒人の投票率がかなり高かったことがわかっています。

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United States Election Projectより)

まとめます。民主党支持者が多い非白人が増加していくという中長期的なトレンドが変わらないなか、2008年と2012年にオバマが勝つことができ、2016年にクリントンが勝つことができなかった理由として考えられるのは以下の3つです。

  • 仮説1)白人の支持を一層失った
  • 仮説2)非白人層、特にヒスパニックの支持を失った
  • 仮説3)民主党支持層(特に黒人)の投票率が低かった  

それぞれについて簡単に考えを書いてみます。 

仮説1)白人の支持を一層失った

改めてCNNの調査結果を見てみると白人の58%がトランプに投票しています。民主党を伝統的に支持してきたブルーワーカーが共和党に移ったのではないか、という仮説をよく聞きますが、この数値は先に紹介した白人全体に占める共和党への投票率の近年の数値からそれほど離れているわけではありません。これが真因だと言える数字かと言われるとよくわからないというのが正直なところです。

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仮説2)非白人層、特にヒスパニックの支持を失った

次に非白人層、特にヒスパニックの動きですが、上のCNNの調査をみるとヒスパニックの29%がトランプに投票しています。これは低くはありませんが、高くもない数値です。レーガンやジョージ・W・ブッシュ時代にはヒスパニックの35~40%が彼らに投票し共和党の大統領が生まれています。トランプは不法移民に対して厳しい発言を繰り返しているので、それほど高くならなかったのではないかと思います。

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(西山隆行『移民大国アメリカ』53頁)

仮説3)民主党支持層(特に黒人)の投票率が低かった 

最後に投票率です。これもCNNから数字が出ています。ただし、人種・エスニシティ別の投票率はまだ出ていないと思います。

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2008年と2016年の投票率を比較するとわかりやすいのですが、全体の投票率は63.7%から55.4%に8.3%下がっています。2008年の選挙の盛り上がりがよくわかる変化です。政党別に見ると、2008年から2016年にかけて特に民主党候補に対する投票率の低下が著しく、33.7%から26.5%へと7.2%も低下しています(共和党は2.8%の低下)。

もちろんこれだけでは、民主党の支持層がトランプに移ったのか単に投票に行かなかっただけなのかを判断することはできませんが、先に触れたオバマ時代(2008年、2012年)の黒人の投票率の高さを見ると、今回も彼らが同様の働きをしたかどうかは気になるところです。

 

3. ドナルド・トランプの勝利と「新しい世界」について

ここまではあくまで人種・エスニシティ別の投票行動という観点からトランプ勝利の要因について頭の整理をし、アメリカ政治における人種・エスニシティ要因の重要性について考えてきました。ここでは、もう少し視点を上げて、今という時代にトランプが勝ったことの意味、そしてそれがアメリカ以外も含めた様々な社会における人種・エスニシティ、そして移民の問題とどのような関係にあるか、少し考えてみたいと思います。

今回の選挙については今年6月のBrexitとの類似性を見る意見も多くありました。それは国民が参加する選挙を通じて、移民に対する取り締まりの強化や入国管理における国家主権を強調するような政治判断が示されたということにその類似を見て取るものだったと思います。また、イギリスに限らず、ヨーロッパ各国でいわゆる「極右政党」が勢力を伸ばし主流政党を脅かしている、そうした状況に対する漠然とした懸念も背景にあるのではないでしょうか。

しかし、アメリカにおけるトランプの勝利はヨーロッパで起きていることよりもさらに一歩深いところまで踏み込んでいるようにも思います。というのも、ヨーロッパにおいては、「イギリス独立党」、「フランス国民戦線」、「ドイツのための選択肢」など、あくまで主流政党の外側から勢力を伸ばす形が多いなか、アメリカではトランプが共和党を外から乗っ取るような形で主要政党のリーダーになってしまった。そしてまさか民主党のクリントンを相手に大統領選で勝ってしまった。ナイジェル・ファラージやマリーヌ・ルペンのような人間がアメリカの大統領になってしまったのです。

これまで、ヨーロッパにおける極右政党の存在はある種のガス抜き、中道右派や中道左派の政権政党にとって目の上のたんこぶではあれど、本当の意味での脅威ではないと認識されていたと思います。ガス抜き的な扱いであれば、彼らの憎悪や偏見に満ちた言葉も「一部の変わった人たちが言っていること」で済んだかもしれません。

しかし、トランプの勝利によって、私たちは本当に何が起きてもおかしくないという時代に突入したのではないでしょうか。アメリカで広がるヘイトクライムのニュースを目にするたびに、もはや過去の人々が少しずつ積み上げてきた本音と建前の境界線がぐらぐらと、しかもものすごいスピードで揺らぎ始めていることを感じます。

トランプ的な戦略は非常にシンプルで、ファラージやルペンと多くのものを共有しています。それは、グローバリゼーション下での低成長と国内格差の拡大を移民や難民のせいにすることで政治的正統性を勝ち得ようとするという戦略です。

日本の現状を見ればよく分かる通り、移民がいるかどうかにかかわらず、高度成長期の後、低成長のフェーズに入った社会を国家が十分に支えていくことは財政など様々な観点で非常に難易度が高いという現実があります。多くの先進国では同時に少子高齢化が進行し、国家が支えるべきとされる弱者の数はどんどん増えていきます。

こうした状況の中では、正攻法で人々から政治的正統性を得ることがとても難しくなります。国家を大きくして多くの人を支えようとすれば財政に大きな負担がかかり現在と未来の国民に対して大きな負担を求めざるを得ません。逆に国家を小さくして財政の負担を軽減しようとすれば多くの弱者を切り捨てることになります。

両路線ともに、国民の誰かを敵にしてしまい、選挙で勝つことが難しくなります。左右の中道政党がその中間を縫うような政策に収斂していくのはこうした事情を象徴していると思います。しかし、中間であることもまた、「わかりやすさ」や「新しさ」を欠き、世界中でマンネリ化が進行しているのではないでしょうか。

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トランプ支持者の83%は「変化をもたらせる」という資質を大統領に求めている(CNN

こうした時代背景の中で、福祉国家を維持する路線を取るにしても、新自由主義的な路線を取るにしても、人々からの政治的正統性を得るために、すなわち選挙で勝つためには、攻撃しやすい外部、あるいは現在の困難の責任を被せることができる他者の存在を仮構することが得策になってしまう、そうした時代に私たちは突入していると言えます。

これはより大きな視点で見れば民主主義の中で人権を現実的に保障することの困難にどう向き合うかという問題であり、1789年のフランス人権宣言が単に「人間の権利」ではなく、「人間と市民の権利の宣言 Déclaration des Droits de l'Homme et du Citoyen」と二重化されていることに現れる根源的な問題にどう向き合うかという問題です。

「人間の権利」は「人間」であるだけでなく同時に「市民」でなければ与えられない。そこには「市民とは誰か」というポリティクスが発動する構造が常にすでに埋め込まれています。そしていま世界中で、民主的正統性を得るために、「市民」をより多くの「人間」に開いていく試みが無用であり、むしろ有害であるものとして忌避するような政治運動が力を得ているのです。

記事の冒頭で人種・エスニシティ・移民の問題が根本的であると述べたのにはこうした理由があります。

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「ドナルド・トランプの勝利は新しい世界をつくるためのさらなる一歩になる。」

フランス国民戦線党首のマリーヌ・ルペンがBBCのインタビューに答えてそう述べています。彼らが見ている「新しい世界」とはどんな世界なのでしょうか。そして彼らが見ている世界とは別の世界を具体的に構想することはどのようにしたら可能なのでしょうか。

いま、世界中でそのことが強く問われていると思います。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
Twitter @hirokim21
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ダライ・ラマ「私たちはみな必要とされることを必要としている」

数日前にダライ・ラマの寄稿記事がニューヨーク・タイムズ紙に載っていて、それがとても示唆深い内容だったので記事の一部を翻訳して紹介できればと思います。興味を持たれた方はぜひこちらのリンク先で全文を読んでみてください。

Dalai Lama: Behind Our Anxiety, the Fear of Being Unneeded / The New York Times

 

アメリカ、イギリス、そしてヨーロッパ大陸のいたるところで、人々は政治的フラストレーションや未来についての不安に身もだえしている。難民や移民はこれらの安全で豊かな国々で暮らす機会を要求するが、元々そうした約束の土地に住んでいた人々からは、少しずつ絶望に近づいていくように見える自分たち自身の未来についての大いなる不安の声が聴こえてくる。

なぜだろう?

ある興味深い研究から人々がどのように生きていくかということについての小さなヒントを得ることができる。研究者たちは、あるショッキングな実験の結果、自分が他者にとって有用であると感じていない年配の人々は、自分が他者にとって有用であると感じている人々に比べて3倍も早くに亡くなる可能性が高いということを発見したのだ。これはとても一般的な人間についての真実を示している:私たちはみな必要とされることを必要としているのだ。

 

他者に対して良いことをすることを優先するアメリカ人はそうでない人に比べて2倍も自分たちの人生について幸せだと言う傾向がある。ドイツでは、社会に貢献しようとする人々は社会貢献が大切だと考えない人々に比べて5倍も幸せだという傾向がある。無我と喜びは互いに絡み合っているのだ。私たちが自分自身以外の人類と一つであればあるほど、私たちは気分がいいのである。

このことは豊かな国々で痛みや憤慨が広がっていることを説明してくれる。問題は物質的な富の不足ではない。自分たちはもはや役立たずで、もはや必要とされておらず、もはや社会と一つではないと感じている人々の数がどんどん増えていることこそが問題なのである。

今日のアメリカでは、働き盛りの年齢で完全に失業している人々の数が50年前の3倍に上っている。このパターンは先進諸国で共通に起こっていることだ。そして、その帰結は経済的なものだけではない。余分であると感じることは人間の精神に対する痛烈な一撃である。それは社会的孤立と感情的な痛みをもたらす。そしてネガティブな感情が根づく条件を生み出してしまうのだ。

 

どんなイデオロギーや政党も全ての答えを持っているわけではない。あらゆる陣営から来る誤った考えは社会的排除をもたらし、それを乗り越えるためにはあらゆる陣営からの革新的な解決策を必要とする。実際、私たちのうちの二人を友情と協働のうちに結びつけるのは共有された政治や宗教ではない。それはもっとシンプルなもの、すなわち共感や人間の尊厳に対する共有された信念である。より良い、より意味のある世界に対してポジティブに貢献することができる、全ての人が持っているはずの固有の有用性に対する共有された信念である。私たちが直面している諸問題は伝統的なカテゴリーをまたがって存在している、だからこそ、私たちの対話、そして友情もそうでなくてはならないのだ。

歴史上安全や繁栄を謳歌してきた社会の中で野火のように広がる怒りやフラストレーションを見て、多くの人々が困惑し恐怖を感じている。しかし、身体的、そして物質的な安全に満足することを拒否する人々の存在こそが、それそのものによって実際に何か美しいものを現しているとも言えるのではないか。それこそが、必要とされることに対する人間の普遍的な飢えである。この飢えを癒やすことができる社会を一緒につくっていこう。 

 

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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「日本が直面する『降格する貧困』」TOKYO FM「TIME LINE」出演時のコメント。

11/3にTOKYO FMの「TIME LINE」という番組に10分ほど出演させていただきました。先日のブログ記事で書いた内容に関連し、「日本が直面する『降格する貧困』」というお題で番組パーソナリティをされているちきりんさんからの質問にお答えするという内容でした。

以下のTwitterでも投稿したのですが、放送から1週間はradikoでタイムフリー視聴できます。ただ、地域や国によっては聴くことができないという声を何度かいただいたので、当日お話した内容を一部書き起こしておこうかと思います。

トークの前半では、ポーガムやその理論について先ほどのブログ記事の内容に沿って紹介しましたので、そちらを直接お読みいただければ良いかと思います。最後のパートで自分が考えていることを少しだけお話したので、その部分についてご紹介できればと思います。

↓↓↓

---ポーガムさんの講演を聴かれて、望月さんご自身としては、その理論と日本の現状を比べてみてどういう風に思われましたか?

とても面白いなと思ったんですけれども、実際に何がこの社会で起きているのかということと、この社会の中に生きている人たちが自分たちをどう認識しているのかということの間には、多分少しずれがありえて。

実際起きていることはやはりこの「降格する貧困」の形態にかなり近づいていると思うんですね。雇用も不安定化しているし、男性が正社員で奥さんを支えるというモデルも難しくなっているし、 自分でなかなか稼ぐことのできない高齢者もどんどん増えているし。

それが結果として社会保障をむしろ削っていくこと、医療に関わる必要がある人は社会のお荷物だったりとか、そういう考え方がすごい増えてきているけれども、じゃあ本当にみんながそういう風に社会を認識できているかというと、まだなんかこう「中流意識」というか、自分はまだそうじゃないし、自分は貧困じゃないしと思っているような。

ポーガム教授が言っている「降格する貧困」というのは、貧困か貧困じゃないかという問題よりも、かなり段階的に。今例えば1000万円の給料がある人でも、明日その会社が無くなってしまうかもしれないし、全然いわゆる長期雇用が保証された社会でもない中で、給与で言えば貧困じゃない人でも不安定化しているという部分を認識していくということがすごい大事なのかなという風に思うんですね。 

---安倍総理も「まだ日本は十分に豊かな国」みたいな発言をされることもあって、比較的「マージナルな貧困しか日本にはないんだ」と認識している人もまだ多いですよね。これは貧困状態にある人が分離されているというか、どこかに集中しているからなかなか見えにくいということがあるんですかね?

どういう人が潜在的に貧者になりうるかというところの認識の問題かなと思っていて。例えば貧困問題というと今お金がない人の問題だと思われがちだと思うんですけれども、この社会的降格の考え方によれば、例えば先日問題になった過労死の、若い女性の過労死の問題とか、そういったものも同じ問題なんじゃないかというふうに見えてくるような気がしていて。

今はそういう風にいつ落ちてもおかしくない人たちが、これはかなり世界的な事象でもあるような気がするんですけれども、今落ちてしまった人たちをすごいこう排斥していくというか、社会のお荷物なんだと。

---ある意味、弱者と弱者でお互い排斥しあっているという構造があるということですね 

やはり生きていくにあたって何がしか継続的な所得がない状態で生きていくことはすごい大変で。あるいは誰かがご飯を食べさせてくれる、例えば家族がとか地域がとか、昔だったら農村がとか。そういうものが本当にない中で今僕らは生まれてきていて。いつどうなるかわからない、けれどもとにかく今何百万円稼ぐというか、頑張れ頑張れってやっていると思うんですけれども。その不安は共有しているんだけれども、全然仲間だと思ってないというか。

---そうすると日本としてはまずは現状をきちんと皆が認識することが次のステップとして一番大事ですかね?

「降格」ということが段階モデルであるということをすごい理解したほうがいいと思っていて。

---つまり自分に関係がある問題なんだという風に、当事者意識を持って、今中流だと思っている人も考えなければいけないよと

みんな多分「しんどい」とは思っていると思うんですよね。だからその「しんどさ」みたいなものをちゃんと共有して、いがみ合って削り合っていくよりは、いつ落ちるかわからない状況をみんなでシェアして支え合うというマインドにならないと、多分ものすごい殺伐とした社会になってしまいそうな。

---自分は頑張っているからギリギリ踏みとどまっているけれど、落ちたやつは頑張らなかったんだろうみたいになってしまうと、自己責任論みたいになってしまうと、貧困問題もなくならないし、その人もいつ落ちてしまうかもわからないしということですね

そして、落ちた時に誰も助けてくれない社会がそこにいきなり広がっているということになってしまいます。

---今まで自分が言っていたように、みんなに「お前は頑張らなかったんだろう」と言われてしまうということですね 

ーーーーー 

以上です。ちきりんさん、番組スタッフの皆さん、貴重な機会をいただきありがとうございました。ポーガムの「社会的降格」という考え方に興味を持たれた方はぜひこちらの記事を読んでみてください。

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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共産主義下チェコスロバキアにおける恐怖のメカニズムとその克服。『ザ・ティーチャー』ヤン・フジェベイク監督が語ったこと

東京国際映画祭(TIFF)2016が10/25~11/3に行われていました。今日はその最終日。これまでどの映画も観に行けていなかったので、何か観たいと思っていたところ16時からチェコのヤン・フジェベイク(Jan Hřebejk)監督の『ザ・ティーチャー / The Teacher / Učitelka』が上映されることがわかったので観に行ってきました。

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国際映画祭らしく、上映後にフジェベイク監督本人とのQ&Aセッションが30分にわたってたっぷりと設けられていたので、そちらの内容も含めて書いていければと思います。

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ヤン・フジェベイク監督(IMDbより)

まずはTIFFのHP記載の監督紹介と作品解説を一読ください。

監督紹介

1967年プラハ生まれ。FAMU(プラハ芸術アカデミー映像学部)にて脚本編集と脚本を学び、在学中に制作した作品が高い評価を得た。脚本家ペトル・ヤルホフスキーと組み、長編映画の制作を手掛けるようになり、これまでに“Big Beat”“Cosy Dens”『この素晴らしき世界』(2000年米国アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)がある。

作品解説

1980年代のチェコ。一見優しくて仕事熱心な女性教師が、新学期に生徒ひとりひとりの親の職業を聞いていく。彼女は生徒を盾に、親が職人であれば自宅の台所の修理をさせるなど、教師の立場を乱用していた。エスカレートする行為に、ついに一部の親が立ち上がったが、他の親は尻込みをする。女教師は共産党員であったから…。脚本家のペトル・ヤルホフスキーが実際に少年時代に体験した話を、現在のチェコを代表する監督のひとりであるヤン・フジェベイクが映画化した。共産主義時代の市民が実感していた恐怖が伝わると共に、マニピュレーションの恐ろしさは時代を越えて現在のどの国でも起こりうることが示される。一部の勇気ある人間が事態を打開していくカタルシスを伴う心理ドラマでもある本作で、自分のしていることの恐ろしさを自覚していない女教師を見事に演じたズザナ・マウレーリは、カルロヴィ・ヴァリ映画祭で主演女優賞を受賞した。 

とにかくこの女教師のキャラが濃すぎてひとときも目が離せない、そういう物語なんですが、この「一人のモンスターの話では済まない」ところが、この映画の魅力をいや増しています。そして、上にも書いてある通り、この話は脚本家ヤルホフスキーの体験を元にした半分実話のようなところがあって、それを知ったうえで観るとなかなか気楽に笑ってもいられない、背筋がぞくっとする感覚を覚えます。

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女教師役のズザナ・マウレーリ(東京国際映画祭HPより)

「一人のモンスターの話では済まない」とはこういうことです。 舞台は共産主義スロバキアの小学校。この女教師は、自分がチェコスロバキア共産党の役職保持者であること、そして生徒一人一人の小学校から中学校への進学について成績の恣意的な上げ下げを通じた生殺与奪権を持っていること、これらの隠微な権力を活用して生徒たちだけでなくその家族をこき使い、無理難題を押し付けます。

ここにどんな構造があるでしょうか。まず、女教師がターゲットにするのは、共産主義スロバキアの中で社会的地位が低い家族です。判事や医者などは狙わない。そこに親同士を歪み合わせる分断統治が働く一つ目の契機があります。

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IMDbより)

しかし分断のポイントはそれだけに留まりません。女教師の言う事を聞く家族とそうでない家族の間にも分断を走らせます。それは片方では試験の問題を事前に教えるという利益供与の形を取り、もう一方では言う事を聞かない生徒の成績を恣意的に引き下げ陰湿ないじめを行うという形を取ります。

こうして張り巡らされた分断の網の上では、驚くほど多くの家族が表面上女教師の味方につき、女教師の振る舞いに対する違和感を表明しようとする家族に対して、あたかも女教師の代理をするかのように自らいじめの主体となってしまいます。

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東京国際映画祭HPより)

最後に付け加えるなら「こんなことは我慢ならない」と考える家族の中にもこの分断が走ってしまう。なぜでしょうか。こういう形を取ります。女教師は弱い子どもを狙います。精神的なハラスメントを繰り返し、成績を恣意的に下げることで中学に進学できない可能性をほのめかす。

すると、母親と父親の間に亀裂が走ってしまうのです。女教師に歯向かうべきか、それとも従属すべきか。元々はともに抵抗を志向していた夫婦のうちに、我が子に対するハラスメントの痛みが、女強者に対して「子どものために」従属すべきではないかという混乱を持ち込むのです。

物語は、秘密裏に開催される親たちによる会議とともに進行していきます。そこでは、女教師に対する苦情の署名をするか否かが話し合われるのですが、会議での会話の内容、議論の結末は是非この映画を観てみてほしいと思います。先ほど少しだけ構造を説明した様々な分断の様相が非常に面白く、そしてグロテスクな形で描かれています。恐怖とはどのようなものか、そして人々はそれをどのように乗り越えていくか、とても考えさせられる結末になっています。(なかなか観られるチャンスがないかもしれませんが・・) 

上映後のQ&Aでフジェベイク監督が語ったこと

次に、上映後のQ&Aセッションに移ります。フジェベイク監督が語ったことのうち特に面白いと感じた部分を中心に紹介していきます。こういったセッションは国際映画祭の醍醐味ですね。

f:id:hirokim21:20161103204148j:image『ザ・ティーチャー』上映後にQ&Aセッションを行うフジェベイク監督

会場からの質問に入る前に、フジェベイク監督自身がこの映画で表現したかったこと、この映画を今つくったことの意図について話すところからセッションは始まりました。

  • スロバキアのローカルなテーマが海外のオーディエンスからどのような反応を受けるかとても関心がある
  • この映画では恐怖のメカニズムを見せたかった。舞台は1980年代。当時はもちろんこうした内容を現地で映像化することは不可能だった
  • 1989年に共産党体制が崩壊し、90年代は民主化の時代だった。急に自由を手に入れた社会の雰囲気の中で、こうした過去に存在した恐怖をテーマとして取り上げるのはあまりふさわしくないところがあった
  • 時代が変化し、このテーマを取り上げるにふさわしいタイミングが来たと考えこの映画をつくった
  • この物語には非常に深刻な面とユーモラスでグロテスクな側面が同居している。そこに魅力を感じている

次に会場からの質問に移っていきます。

Q. 当時はこの女教師のような存在はよくあることだったのか? 

  • こういうキャラクターはよくいたと思う
  • 逆に親がこのように集まって話し合う機会は稀だったと思う
  • 映画をつくる際にはとても特別なキャラクターが必要であるのと同時に、時代を超えて今日にも通用するテーマ性があることも大切だと思っている

Q. 学校には共産党員が一人はいるものだったのか?

  • 校長先生やその代理になるためには必須の条件だったはずだ
  • その他の教員は必ずしも共産党員である必要はなかった
  • 以上は小・中・高校の話
  • 注意が必要なのは、特に1968年に「プラハの春」が鎮圧された後に言えることだが、共産党員であるということは、共産党の教義を信じているというよりも、自らのキャリアのために入党するという側面が強まっていた

Q. 旧共産圏の観客からはどういった反応があったか?

  • チェコスロバキアは1989年に共産党体制から転換しており、それから25年以上がすでに経過している。1989年より後に生まれた世代は共産党時代を自分では体験していない
  • ドイツで第二次大戦後にヒトラー時代の経験を親が子どもにあまり話さなかった、それとと同じようなことが起きていると言えると思う
  • しかし、この映画では共産党体制の姿を描き伝えたかったというよりも、恐怖がどのように生まれるか、恐怖とはどのようなものか、そのことを伝えることが重要だと考えている

Q. 映画の最後に体制転換後の女教師の姿が出てくるが、ここに意図されていることは?(※ネタバレ気味なので少しぼやかして書いています)

  • 体制は転換したが、多くの人が新体制でも生き延びた。そのアイロニーを表現した

f:id:hirokim21:20161103220418p:plain
東京国際映画祭HPより)

Q. 先ほど「いまがこの映画をつくるのにふさわしいタイミングと考えた」と言っていたがそれはなぜか?

  • 自由の気分、雰囲気が前の時代に比べて少し減っているように思うからだ。チェコでは90年代に当時のハヴェル大統領に対して批判を言うこと、冗談であるものも含めて大統領を批判することは全く問題がなかった。ハヴェル大統領は人気もあった。
  • しかし、現在のゼマン大統領に対しては人々が多くの不満を持っているにもかかわらず、それを表明することが大きな問題になってしまう状況がある。例えば、チェコの大統領府の国旗を赤いパンツに替えた人がいたが、大きな問題になってしまった
  • (こちらの記事によると「3人は逮捕された。警察によると禁錮2年の刑に相当する可能性があるという」とある)

Q. こういった状況にある会社や学校は今の日本にも存在すると感じた。日本以外の様々な国でこういったモンスターが存在するようにも思う中で、彼らが生み出す恐怖にどう立ち向かえば良いか。声を上げること、声を上げた人にその他の人々が続くこと、その重要性を描いていると思ったのだがどうか?

  • 何に対して恐怖を感じるかは人それぞれだが、共産主義のようにある制度、システムの存在が恐怖を与えるというのは良くないことだと考えている
  • こうした恐怖に対してはいろいろな勝ち方がある。子どもがおとぎ話を読むことなどを通じてモラルの感覚を培っていくことも大事。そして、実際に恐怖に打ち勝った人々を尊重することも大切だ
  • あるいは、何かへの信仰、そして真実を信じるということもまた恐怖に打ち勝つことにつながるだろう
  • 本物の虎が目の前にいたら怖いが、人々は多くの場合本当には怖くないものを怖がっている。共産主義もそうだ。無駄に怖い思いをしないようになってほしいと思う
  • 最後に、この映画にも描いたが、共産主義の中で、親が自分の子どものことを思って、自分では本当は納得のいっていないこと、正しくないと思っていることをしてしまうことがある。しかし、子どものためというのは言い訳だ
  • 子どもはそれを見ている。そして、親を尊敬しなくなる。この映画のもう一つのテーマがこのことだった 

Q&Aの内容は以上です。フジェベイク監督の他の映画も観たくなるとても素晴らしい時間でした。東欧には素晴らしい映画監督がたくさんいますね。勇気づけられます。

↓フジェベイク監督の代表作『この素晴らしき世界』

この素晴らしき世界 [DVD]

この素晴らしき世界 [DVD]

 

プロフィール

望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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金子良事『日本の賃金を歴史から考える』を読んで。

金子良事『日本の賃金を歴史から考える』を読了。評判通り非常に勉強になった。 

日本の賃金を歴史から考える

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現在の社会不安が語られる際には、労働の外にあったり、労働を支えたりする社会保障、社会福祉の領域に焦点が当たることが多いけれど、労働の対価たる「賃金」がいまどうなっているかということを歴史的な布置の中において理解することもとても大切で。

逆に言えば、農村のセーフティネット機能と男性正社員モデルの両方が崩壊した後の時代に、個々人の生活を長期的に支えることができる雇用・賃金の仕組みが出来上がっていないことが、社会保障への大きな期待と、結果としてそれに応えることができない国家への不満を招いている。

気を緩めると徐々に落ちていく「降格する貧困」の裏側には、賃金を通じて生活を安定化していくという考え方自体の社会的な挫折があり、それを放置したままより多くの人を労働に駆り立てても、不安定な労働者を増やすだけで物事の本質的な解決にはつながらないのではないかという危惧を強くした。

いずれにせよ、日本の雇用を歴史的な文脈に置いて理解するには必読の一冊。

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望月優大(もちづきひろき) 

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慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。
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